【解説】映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』を最大限楽しむために必須な“最低限の予備知識”

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8月30日(金)より、映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』が公開!

映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
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8月30日(金)より、映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』が公開される。本作は『パルプ・フィクション』や『ジャンゴ 繋がれざる者』などで知られるクエンティン・タランティーノ監督による最新作(第9作目)だ。彼はその作品群にありとあらゆる映画への愛情を詰め込んでおり、それでいて抜群のオリジナリティもある、“唯一無二”という言葉がふさわしい作家と言えるだろう。

そんなタランティーノ監督が1969年のハリウッド黄金時代を描くというのだから、映画ファンにとっては大期待というよりも、一種のお祭り的な熱狂を公開前から生んでいると言っていい。加えて、今回はレオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットのW主演というのだから、映画ファンのみならず注目度は高くなっている。

結論から言うと、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』はタランティーノ監督の作家性や美学が際立った集大成的な作品であるとともに、最大限に楽しむためにはこれまでで最も“最低限の予備知識が必須”である内容であった。

ということでここでは、その観る前に知って欲しい最低限の予備知識および、あらすじ、映画の魅力を紹介していこう。

シャロン・テート殺人事件の概要とその“日付”を知っていることが重要だった!

1969年8月9日、この日付は本作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』において、ものすごく重要だ。それは当時注目を集めていた若手女優のシャロン・テートが、妊娠中に狂信的なカルト信者らに襲われ、26歳の若さで母子ともに亡くなったという凄惨な殺人事件が起きた日であるからだ。そのシャロン・テートは、前年の1968年に公開された『ローズマリーの赤ちゃん』でメガホンを取ったロマン・ポランスキー監督の妻でもあった。

当時、ポランスキー監督は仕事でロンドンに外出していた。家には妊娠8ヵ月のシャロン・テートだけでなく、夫婦の友人3人と、たまたま通りがかった1人もそこにいた。やってきた4人のカルト信者は、見張り役を1人外に残しておき、3人で次々にシャロン・テートと、知人たちと、通りがかりの人物を殺害。シャロン・テートは「せめて子供だけは助けて」と懇願していたというが、それが仇となりナイフで16箇所も刺されてしまったのだ。

そして、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の物語は、その「ポランスキー監督の妻である女優のシャロン・テートが1968年8月9日に惨殺された」と、“観客が当然知っていること”を前提に話が進んでいく。ゆえに、ありとあらゆるシーンに、その日に至るまでの“伏線”が仕込まれている(具体的な伏線を挙げるとネタバレになるので秘密にしておこう)。これこそが最低限の予備知識、それを頭に入れてから、本作を観て欲しい。

描いているのはあくまで“落ち目の役者とそのスタントマンの日常”?これはハリウッド版『この世界の片隅に』だ!

序盤の物語は、そのシャロン・テート殺人事件とは直接は関係ないシーンばかりに“見える”ことだろう。

何しろ、主人公の落ち目の役者が苦境に立たされながらも道を探すも「こんなのは俺のやりたい仕事じゃない!」などとふてくされてしまい、相棒のスタントマンが彼のことを「まあまあ」となだめたりするという、“バディ感”や“日常的”な印象が強いものとなっているからだ(このふたりは架空の人物である)。

ともすれば、その男ふたりの淡々とした日常は退屈にも感じてしまいそうなところだが、レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットのそれぞれの熱演と、そのブロマンス的な関係性はたまらなく魅力的であり、その会話劇はクエンティン・タランティーノ監督らしい皮肉と面白みに満ちている。

そして、どのように彼らが1968年8月9日に起こるシャロン・テート殺人事件と絡むのか?について周到に脚本が練られており、そこかしこに「どこに殺人事件の火種があるのかはっきりしない」いう緊張感もある。それこそがエンターテインメントになっている映画だったのだ。

例えるのであれば、この印象は2016年に公開されたアニメ映画『この世界の片隅に』に近い。こちらは太平洋戦争時、タイトル通りに日本の片隅に住み、ただただ懸命に日常を過ごしている人々の姿をユーモラスに綴った作品だが、1945年8月6日という日付、つまりは広島に原子爆弾が落とされた瞬間を観客は知っているからこそ、劇中でじわじわとその日に近づいていくという“カウントダウン”が痛切に感じられるようになっているのだ。

これと同様に、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は“その最悪の日”に向けての“(落ち目の役者とそのスタントマンの)日常”を追っており、それにこそ意義のある作品と言っていいだろう。

チャールズ・マンソンの信者たちが集まる“牧場”が登場!あの元天才子役がまさかの狂気を見せる?

前述したシャロン・テートを惨殺した狂信的なカルト信者が崇拝していたのは、チャールズ・マンソンだ。

彼は実在したアメリカのカルト指導者であり犯罪者で、アメリカ人なら誰でも知っている連続殺人犯だ。マンソンは自らをキリストの復活、悪魔とも称し、家出した少女を集めて“ファミリー”と呼ばれるコミューンを形成し、ドラッグを用いて少女らを洗脳、彼女らに男性を誘惑させ信者にさせていた。チャールズ・マンソンの風貌は当時流行であったラブ&ピースを謳うヒッピー文化と重なってしまっていたため、余計に狂信者を増やす理由にもなっていたそうだ。

そして、劇中ではそのマンソン・ファミリーに属する少女たちが住む“牧場”が登場し、そのオーナーであるジョージ・スパーンという名前の盲目の老人も登場する。言うまでもないことかもしれないが、後にシャロン・テート殺人事件の実行犯となる人物も、その牧場にはいるのだ。

実は、そのチャールズ・マンソンが本当に命を狙っていたのは、かつて自身のデビューを断ったという、シャロン・テートが住む家の前の住人だった音楽プロデューサーの男であった。つまり、シャロン・テートは“たまたま”そこに住んでいただけで、そもそもが“逆恨み”である上に“間違い”で惨殺されたのだ。これほど理不尽かつ許しがたいこともないだろう。

ともかく、「途中で出てくる牧場には当時に崇拝されていたチャールズ・マンソンの狂信者である少女たちとそのオーナーが住んでいる」「その牧場にはシャロン・テート殺人事件の実行犯もいる」ことも、知っておいてほしいのだ。

その牧場がどのように劇中で描かれるのか……はネタバレになるので秘密にしておくが、劇中で最もクエンティン・タランティーノ監督ならではの“一触即発の緊張感”に満ち満ちたシーンであったことはお伝えしておく。

ちなみに、その牧場の中でもひときわ存在感を放つ女性を演じたのは、『I am Sam アイ・アム・サム』で天才子役としてブレイクしたダコタ・ファニング。25歳となった彼女が、愛らしさをかなぐり捨てたかのような狂気を感じさせる役にも、ぜひ注目してほしい。

あの頃のハリウッドにタイムスリップしたかのような魅力も!ブルース・リーの役どころは賛否両論?

本作では、60年代の映画で活躍した実在の俳優たちや、当時そのままの街並みなどが見られるのも大きな魅力だ。

もちろんタランティーノ監督にはその“再現”に並々ならぬこだわりがあり、現在とは別の場所にある映画関係の書籍を取り扱った“ラリー・エドモンズブックショップ”と言う歴史ある書店が一瞬だけ映ったりもする。映画ファンが感涙できることはもちろん、よく知らない方も “あの頃のハリウッドにタイムスリップ”したような感覚が得られるだろう。

名優アル・パチーノが演じる大物プロデューサーのマーヴィン・シュワルツの言動も(腹が立つと同時に)ユーモアがあり、1963年公開のスティーブ・マックイーン主演の『大脱走』を観ていると笑ってしまう(または驚く)仕掛けも用意されている、その他にも、あの頃に活躍した映画人たちがたくさん登場するので、映画が好きな人であればあるほど楽しめるだろう(なお、それはストーリーとは直接関係のない“小ネタ”がほとんどなので、知らなくても問題はない)。

また、当時活躍した俳優の中でも特に目立つのは、ご存知ブルース・リーだ。テコンドーで黒帯5段の実力を持つアメリカの俳優のマイク・モーが演じる彼と、ブラッド・ピット演じるスタントマンとの“対決”も本作の見所の1つであるが、実はこの劇中のブルース・リーの扱いは、その娘であるシャノン・リーなどから「実際とはかけ離れた人物像として描かれてしまった」などと苦言を呈されてしまっている。

確かに劇中のブルース・リーは“傲慢”そのままであり、大スターのアクション俳優の描き方としては違和感や嫌悪感を覚えてしまうというのは致し方のないことだろう(もちろん好意的な意見もある)。

しかし、タランティーノは過去に『キル・ビル Vol.1』で主人公にブルース・リーほぼそのままの衣装を着せていたこともあり、決して彼への敬意がないということはないはずだ。デフォルメした傲慢さのあるブルース・リーとして、冷静に見てみるのが良いだろう(もちろんその描き方が気に入らないという気持ちを無理に曲げる必要はないが)。

まとめ:スター俳優たちの魅力が全開!タランティーノ監督節も絶好調だ!

そうした当時のハリウッドを忠実に、時にはデフォルメして映し出すことで様々な“映画トリビア”も楽しめる『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』であるが、やはりメインになるのは“落ち目の役者とそのスタントマンのブロマンス的な関係性”と“シャロン・テート殺人事件への伏線の数々”の2点である。

その落ち目の役者の苦悩は「なりたいものになれない」という普遍的なものであるので、誰にでも感情移入がしやすいだろう。言うまでもなく大スターであるレオナルド・ディカプリオが等身大で演じている彼の役者としての“変化”、そしてある少女との関係性に泣かされる方はきっと多いはずだ。

これも言うまでもないことだが、どこかひょうひょうとして良い意味でクセのあるスタントマンを演じていたブラッド・ピットもハマり役だ。彼のキャリアの中で近いのは、『ファイト・クラブ』の“理想的な男性”よりも、『テルマ&ルイーズ』や『トゥルー・ロマンス』あたりの“ダメな男”なのかもしれない。今回は特に必然性のないシーンで服を脱いでその筋骨隆々のボディを見せると言うサービスもあるので、彼のファンにはたまらないだろう。

そして、第3の主人公と言えるシャロン・テートを演じたマーゴット・ロビーも素晴らしい存在感を見せている。20代中盤の女性であるが、“あの場所”に行く時のやり取りと表情には、少女のような天真爛漫さがあった。決して登場シーンは多くはないのだが、誰もが「彼女が殺されないで欲しい」と願える存在となっている。

その主演3人が持てる最高のポテンシャルを発揮したことはもちろん、クエンティン・タランティーノ監督のキレがある演出、また会話劇をサスペンスフルに魅せる手腕も絶好調だ。そのタランティーノ監督作の会話劇は『レザボア・ドッグス』や『デス・プルーフ in グラインドハウス』などでは「ダラダラとしている上に大きな意味はない」こともあったのだが、『イングロリアス・バスターズ』以降は会話劇そのものが物語とも不可分であり、類まれな緊張感を作り出すようになっている。

そして、本作には「タランティーノ節が絶好調だ!」と思える、もう1つの要素がある。これはネタバレになるので絶対に書けないのだが、タランティーノ監督のファンにとって、そして映画ファンにとってのとびっきりの“ご褒美”もあったのだ。

なお、タイトルにある『ワンス・アポン・ア・タイム・イン~』とは、「昔々、あるところに」という“おとぎ話”の導入となる決まり文句だ。セルジオ・レオーネ監督のギャング映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』と西部劇映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ウエスト』(元の邦題は『ウエスタン』であり、そのオリジナル版は2019年9月27日より日本で公開される)も意識しているこのタイトル、確かに終わってみれば「おとぎ話としてのハリウッドだ」と誰もが思えるのではないだろうか。

ぜひ、タランティーノ監督からの最高のプレゼントを、劇場で受け取って欲しい。

参考記事:
ヒッピー達の一番暑かった夏-60年代アメリカ
https://www.gelald.com/hippie/60america.html
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』に登場する「ブルース・リー」に波紋-FRONTROW
https://front-row.jp/_ct/17296483

ヒナタカ

>インディーズ映画や4DX上映やマンガの実写映画化作品などを応援している雑食系映画ライター。過去には“シネマズPLUS”で、現在は“ねとらぼ”や“ハーバー・ビジネス・オンライン”などで映画記事を執筆。“映画レビューブログ”も運営中。『君の名は。』や『ハウルの動く城』などの解説記事が検索上位にあることが数少ない自慢。


Twitter:@HinatakaJeF
ブログ:カゲヒナタ映画レビューブログ

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