【2020年版】多様性を描く映画10選。同じで、違う。すべての人が”当たり前”でいられる世界へ
多様性を当たり前にする世界へ。2020年は映画界にも大きな変化が

アカデミー賞を主催する「映画芸術科学アカデミー」が、2024年の第96回アカデミー賞からの作品賞のノミネートにおける新たな基準を発表した。これは物語および出演者やスタッフに、女性、さまざまな人種・民族、LGBTQ+、障害がある人を起用するといった、多様性を求めるものである。
この発表は賛否両論を呼んだ。否定的な意見としては、過剰な配慮であり、逆に「多様であるべき」という不自由の押し付けになっているというもの。だが、筆者個人としては、対象になるのは作品賞のみで、選定の基準は「4つある条件のうち2つ満たせばよい」という窮屈すぎないものであるし、現状でその不均衡さがたびたび批判に挙げられていたアカデミー賞において、多様性を求めるという方向性、変革そのものは素晴らしいことだと思えるのだ。
この記事では、多様性への意識と変化が求められている今こそ観て欲しい映画を、比較的近年に公開されたものから10作品紹介しよう。いずれも、現代に作られる意義を強く感じるものばかり。フェミニズムやLGBTQ+、人種差別の問題だけにとどまらない、広い意味での多様性が訴えられている作品たちだ。
このページの目次
- 多様性を当たり前にする世界へ。2020年は映画界にも大きな変化が
- 多様性を描いたおすすめ映画1:『トロールズ ミュージック☆パワー』(2020)
- 多様性を描いたおすすめ映画その2:『ズートピア』(2016)
- 多様性を描いたCGアニメ映画その3:『アダムス・ファミリー』(2019)
- 多様性を描いたおすすめ映画その4:『チョコレート ドーナツ』(2012)
- 多様性を描いたおすすめ映画その5:『ミッドナイトスワン』(2020)
- 多様性を描いたおすすめ映画その6:『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017)
- 多様性を描いたおすすめ映画その7:『デッドプール2』(2018)
- 多様性を描いたおすすめ映画その8:『ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから』(2020)
- 多様性を描いたおすすめ映画その9:『ジュディ 虹の彼方に』(2019)
- 多様性を描いたおすすめ映画その10:『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』(2019)
- それぞれが「同じで、違う」この世界を生きていこう
この記事で紹介している映画
- 子どもはもちろん、大人も楽しめるCGアニメ映画
- 『トロールズ ミュージック☆パワー』
- 『ズートピア』
- 『アダムス・ファミリー』
- 生きづらさを抱えた人々が家族になっていく映画
- 『チョコレート ドーナツ』
- 『ミッドナイトスワン』
- ファンタジーやアクションというジャンルで多様性を描いた映画
- 『シェイプ・オブ・ウォーター』
- 『デッドプール2』
- 多様な生き方と人生を描く映画
- 『ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから』
- 『ジュディ 虹の彼方に』
- 『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』
多様性を描いたおすすめ映画1:『トロールズ ミュージック☆パワー』(2020)

10月2日より劇場で公開されているこちらの映画は、10月3日(土)午後3時20分より日本テレビ(関東ローカル)地上波初放送もされるCGアニメ作品『トロールズ』の続編。舞台は音楽のジャンルごとに6つの村に分断されている、トロールたちの世界。ロックの女王が他の村を乗っ取ろうとしたたため、ポップの女王とその親友が危機に立ち向かうという物語になっている。
劇中ではダフト・パンクの「ワン・モア・タイム」やPSYの「江南スタイル」など、日本でもよく知られている有名楽曲が多数登場する。そのジャンルはポップやロックやテクノやクラシックなど様々。それらをノリノリに奏で、豊かなアニメーションできらびやかに彩る。多種多様な音楽の魅力を描くことで、ストレートに多様性の素晴らしさを訴えているのだ。特に、クライマックスからラストにかけての「多様性の肯定」についての回答は、これ以上はないと思えるほどのものだった。
日本語吹き替えも素晴らしい出来栄えで、主人公コンビの上白石萌音とウエンツ瑛士が名曲を見事に歌い上げていて、その掛け合いの可愛らしさをずっと観ていたくなる。お笑い芸人のミキ・昴生と亜生もハマっているし、宮野真守、斉藤壮馬、木村昴、関智一、松本梨香、吉野裕行、浪川大輔、平田広明、速水奨と豪華な声優陣も勢揃いしている。出色なのはロックの女王を演じた仲里依紗で、そのパンクで“バッドアス(タフで堂々とした女性)”な性格は、悪役ながら惚れ惚れするほどに魅力的だ。なお、日本語歌詞の監修は元SUPERCARのギタリストだった、いしわたり淳治が手がけている。
ちなみに、本作はアメリカ本国では新型コロナウイルスの影響で、劇場公開がされず配信のみに切り替わっていた。しかも、前作『トロールズ』は日本では劇場公開がされていなかった。そのため、今作が日本の映画館で公開されることは、奇跡的なこととも言ってもいい。ぜひ、劇場のスクリーンで、多様な音楽を体全体で感じて楽しんで欲しい。
『トロールズ ミュージック☆パワー』の情報
監督:ウォルト・ドーン
声の出演:アナ・ケンドリック(上白石萌音)、ジャスティン・ティンバーレイク(ウエンツ瑛士) ほか
製作:2020年
時間:1時間34分
https://gaga.ne.jp/trolls/
多様性を描いたおすすめ映画その2:『ズートピア』(2016)
物語の舞台であるズートピアは様々な動物たちが暮らす街。現実そのままのサイズの動物たちが暮らしやすいアクセシビリティが備わっていることは、ターミナル駅のシーンに登場する「泳いでやってきたカバの服を乾かす装置」「提供する飲み物が首の長いキリンに届きやすくなっているお店」などからもわかるだろう。アニメーションで作られた舞台ならではの、多様性の素晴らしさを初めにしっかりと見せているのだ。
そんなズートピアも完璧ではない。ウサギ初の警察官となった主人公のジュディが働く警察署内部は、ドアも座る椅子も“体の大きい動物”に合わせて作られており、体の小さいウサギのことは全く考えられていない。差別と偏見のない平等な社会を目指していても、まだまだアップデート、改善していかなければならないところがあると、暗に訴えている。
また、主人公のジュディは差別や偏見を持たない“正しい”人物のようで、実はそうではない。例えば、彼女はインスタント食品(“おひとりさまにんじん”)の中身の小ささにがっかりして、食べもせずにそのままゴミ箱に捨ててしまう。ギャングに捕らえられたとき、彼女はつぎつぎに出てくるシロクマたちのことを「あれがMr.ビッグね!」などと言っていたこともある(実際のMr.ビッグはネズミ)。彼女もまた「見た目や名前だけで判断する自分」に気づいていないのだ。
『ズートピア』はコンビが事件を解決するバディ映画、奇想天外なアイデアにワクワクできる冒険物語など、子どもが観ても存分に面白い作品であるが、大人が観てこそハッと気づけるところが多い。ぜひ、繰り返し観てみて、新たな多様性、差別や偏見についての見識を広めてみてほしい。現在はディズニー+で見放題の他、Amazonプライムなど各種配信サービスでレンタルができる。
『ズートピア』の情報
監督:バイロン ハワード, リッチ ムーア
声の出演:ジニファー・グッドウィン(上戸 彩), ジェイソン・ベイトマン(森川智之) ほか
製作:2016年
時間:1時間48分
多様性を描いたCGアニメ映画その3:『アダムス・ファミリー』(2019)
こちらは現在、劇場で公開中のCGアニメ映画だ。もともとの「アダムス・ファミリー」は新聞に掲載されたコミックで、有名なのは1991年・1993年の実写映画版だろう。今回のアニメ映画版ではスマホやSNSが登場する現代が舞台となり、ストレートに多様性のメッセージを押し出した物語となっている。杏、二階堂ふみ、生瀬勝久などが声を務めた吹き替え版のクオリティも高い(ただし吹き替えでも劇中の楽曲は原語のままである)。
丘の上の不気味な屋敷に住んでいるアダムス一家は、不気味なものや怖いものが大好きな、普通という枠から外れた変人たち。対して、その屋敷のすぐ側のカラフルな街では「普通」であることが美徳とされ、「普通なのがいちばんハッピー!みんな一緒になろう!流されよう!」という趣旨の歌が歌われている。テレビに出演している街の人気インテリアデザイナーは、自分の理想を街の住人や自分の娘に押し付けていた。
そんな「普通」や「理想」を押し付けられた中学生の女の子と、今まで学校に行けなかったアダムス家の長女のウェンズデーが出会い、お互いの価値観を認め合い、影響し合うようになっていく。思春期の少女が友達と共に、自分の個性を探っていくという物語にもなっているのだ。それぞれの親が、そんな彼女たちを「こんな子だとは思わなかった」と、良くも悪くもショックを受ける過程も「あるある」だろう。その多様性を理解しようとする第一歩こそ、重要だ。
また、「普通の街の人々」と「変人のアダムス一家」という単純な対立構図だけにせず、アダムス一家の中にあった古き伝統を重視するがあまり、それが子どもの個性を押しつぶしてしまっているのではないか、ということも提示される。個性や多様性が重視される子どもの教育について、そして自身の見識について、大人が今一度気づかされる内容にもなっているのだ。なお、実写映画版は『アダムス・ファミリー2』もAmazonプライムビデオで視聴できるので、このアニメ映画版と見比べてみるのも良いだろう。
『アダムス・ファミリー』の情報
監督:コンラッド・ヴァーノン、 グレッグ・ティアナン
声の出演:クロエ・グレース・モレッツ(二階堂ふみ), シャーリーズ・セロン(杏) ほか
製作:2019年
時間:1時間26分
https://addams-movie.com/
多様性を描いたおすすめ映画その4:『チョコレート ドーナツ』(2012)
ショーダンサーと弁護士というゲイのカップルが、薬物中毒の母が逮捕されたために見捨てられてしまったダウン症の少年と一緒に暮らそうと奮闘する物語だ。二人がダウン症の少年を引き取る(ゲイカップルに親権を認める)ことは、世間からより奇異の目で見られることになる。
物語の舞台である1970年代は多様な生き方へのゲイへの偏見が今以上にまだ根強く、劇中では「ゲイには何でも無理よ」という台詞が出てくるほどに、彼らの境遇は厳しい。原題の「Any day now」の意味は「今すぐにでも」であり、劇中で歌われる曲「I shall be released」の歌詞にもそのフレーズは登場する。そこには「今いる世界が変わってほしい」という切実な願いが込められているだろう。
しかし、ただ変わることを願うだけでは問題解決にはならない。劇中で「正義はない、それでも戦うんだ」という言葉がある通り、自分(や誰か)が行動し、人々の考えを変えなければならないとも訴えられている。「物事の解決のためには、どのようにすればよいのか」という大局的かつ普遍的なメッセージにまでおよんでいる。
何よりも特筆すべきは、終盤でごく静かに「ある事実」を知らせる演出がされていることだろう。これにより、この映画の主題がはっきりと浮かび上がる。たとえ血がつながっていなくとも、型にハマることの無い愛が描かれた“家族”の物語としても、噛みしめるように観てみて欲しい。現在はAmazonプライムビデオなど各種配信サービスで見放題である。なお、日本では東山紀之主演、宮本亞門演出で舞台化予定。
『チョコレート ドーナツ』の情報
監督:トラヴィス・ファイン
出演:アラン・カミング、ギャレット・ディラハント、アイザック・レイヴァ ほか
製作:2012年
時間:1時間38分
http://bitters.co.jp/choco/
多様性を描いたおすすめ映画その5:『ミッドナイトスワン』(2020)
こちらも現在、劇場で公開中の映画だ。草なぎ剛演じるトランスジェンダーの主人公と、親の愛情を知らない中学生の少女が出会い、擬似的な親子関係を育む過程が描かれている。主軸となるのは、その“生きづらさ”。トランスジェンダーの主人公が経済的な困難に直面し、他人の偏見や差別的な感情にも脅かされ続け、それでも自分らしく生きようともがき、そして同居する少女への愛情が積み重なっていく様が映し出される。彼女たちへの“性の加害性”や、“配慮を履き違えた言動”なども、逃げずに描ききっていることも美点だ。
本作では主演の草なぎ剛の素晴らしさを絶賛しなければならない。演じているキャラクターは初めこそ同居している少女に冷たく当たっているのだが、草なぎ剛だからこそ表現できた“繊細さ”によって、その本質的な優しさと、そして苦悩を過不足なく表現している。何よりもトランスジェンダーという難しい役に「本当にこうして生きてきた人なんだ」と思わせるほどの説得力を持たせていて、それがあってこそ中盤の葛藤、そして決断がとても重いものと感じられるようになっている。オーディションで抜擢された14歳の新人の服部樹咲の存在感、そして見事という言葉では足りないバレエの演技も大きな見所だ。
正直に言って、劇中で起こる出来事やセリフはやや劇画的で、極端に感じたところもある。後半の展開は賛否が分かれるだろう。だが、衝撃的な展開と画でこそ観客のエモーションを強く刺激し、トランスジェンダーの苦悩と生きづらさを、エンターテイメントとして広く届けるという意味において、この『ミッドナイトスワン』にはとてつもなく大きな価値がある。撮影や美術や音楽など全てが洗練された、観た後は忘れられなくなる、インパクトの強い作品だ。
だが、描かれたトランスジェンダーへの認識および扱い方、そして物語そのものが、これだけで十分ではない、特に日本においては“過渡期”の表現であると感じたところもある。ぜひ、本作に合わせてNetflixオリジナルのドキュメンタリー『トランスジェンダーとハリウッド: 過去、現在、そして』も観てみてほしい。こちらでは映画という媒体が、いかにトランスジェンダーへの認識を歪めてきたか、極端すぎる扱い方を強いてきたかが、如実にわかるようになっている。これからの映画表現について、未来を見据えた知見が得られるだろう。
『ミッドナイトスワン』の情報
監督:内田英治
出演:草彅剛、服部樹咲(新人) ほか
製作:2020年
時間:2時間4分
https://midnightswan-movie.com/
多様性を描いたおすすめ映画その6:『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017)
舞台はアメリカとソ連が冷戦を繰り広げていた1962年。政府の研究所で清掃員として働いた女性が、水の中にいる不思議な生き物に心を奪われる物語だ。彼女は幼少期のあるトラウマのために声が話せないのだが、“彼”とのコミュニケーションに言葉は不要で、2人は少しずつ心を通わせていく。アカデミー賞では最多13部門にノミネートされ、作品賞を含む4部門を受賞した。
本作が興味深いのは、『美女と野獣』の変形、もしくはアンチテーゼとして作られていること。『美女と野獣』ではプリンセスは容姿端麗で純粋な性格で、野獣は王子様へと容姿まで変わるという、おとぎ話の“型”に沿ってつくられている。対して『シェイプ・オブ・ウォーター』のヒロインはお姫様ではないごく普通の中年女性であり、“彼”が変身することもない。口のきけない女性、そして”彼”は怪物というラブストーリーであり、彼女たちの“ありのまま”を肯定しているのだ。
これこそが多様な愛の形の提示だ。本作を手がけたギレルモ・デル・トロ監督は、子どもの頃から好きだった怪獣への愛を表すために『パシフィック・リム』を手がけ、クラシックなモンスター映画が好きだった側面を見せようと本作『シェイプ・オブ・ウォーター』をつくったという。監督自身が愛してやまないものを具現化するという“恩返し”のための映画であり、同時に多様性に対する1つのアンサーになっている。
なお、劇中では差別主義者のひどい男も登場するのだが、彼はもともとは「誰かに褒めて欲しい」と願う純粋さもあるのではないか、と想像がおよぶようにもなっている。差別する側を短絡的な悪人にせず、現実にいそうな人間味のある(そして怪物的な暴力性を持つ)人物として描いていることも美点だ。R15+指定であり際どい性的なシーンもあるが、それも必要なもの。劇中のモチーフである“水”のように変化していく、愛の物語を堪能してほしい。現在はAmazonプライムビデオなどでレンタルでの視聴が可能である。
『シェイプ・オブ・ウォーター』の情報
監督:ギレルモ・デル・トロ
出演:サリー・ホーキンス ほか
製作:2018年
時間:2時間3分
多様性を描いたおすすめ映画その7:『デッドプール2』(2018)
不死身で、基本的にふざけながら戦っていて、観客(読者)に向かって映画の中から語りかけてくるなど、破天荒な特徴で大人気のアメコミヒーローのデッドプールが活躍する第2弾。未来からやってきたマシーン人間から謎の力を秘めた少年を守るため、特殊能力をもったメンバーを集めたスペシャルチームを結成するという、物語だけを追えば王道とも言えるヒーローアクション映画になっている。R15+指定がされており過激な描写もあるが、どれも後をひくものではないのでは嫌悪感なく観られるだろう。
劇中では、あるレズビアンのカップルが当たり前に登場し、普通に祝福される。知り合いのヒーローに「私の彼女なの」と告げられると、デッドプールは「あ、そう良かったね」と返す。良い意味でのサラッとした対応がされること、その“当たり前”の表現こそに、真摯さを感じるのだ。
その他の登場キャラクターも、目が不自由なおばあさん、インド系のタクシー運転手、そして様々な能力を持つミュータント、さらには何の能力も持たない中年男性だったりと、人種から年齢まで実に多様性に富んでいる。それでいて、デッドプール本人は「X-“MEN”って性差別的じゃないか?」という理由で、自分のチームにはジェンダーレスな「X-FORCE」という名前をつけたりする。批判をユーモアにしてしまいつつ、あくまで“おおごと”にしない多様性の描きかたが、最先端だと思える内容だ。
なお、『デッドプール2』は予備知識がなくても楽しめるが、なるべく前作を観て彼の悲惨な生い立ちを知っておいてほしい。そうすると、デッドプールがふざけるのは「笑ってごまかそうする」悲哀も含んでいるように思えて、何とも切なくなれるからだ。デッドプールという“他にはいない変わったヒーロー”の活躍を描くということそのものも、多様性の肯定と言えるだろう。ちなみに、劇中でギャグとなっていた『X-MEN』も、特殊能力を持つミュータントへの差別や迫害が描かれた、やはり多様性を訴えていると言える作品だ。現在はAmazonプライムなど各種配信サービスでレンタルでの鑑賞が可能である。
『デッドプール2』の情報
監督:デヴィッド・リーチ
出演:ライアン・レイノルズ、ジョシュ・ブローリン、モリーナ・バッカリン ほか
製作:2018年
時間:1時間59分
多様性を描いたおすすめ映画その8:『ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから』(2020)
こちらは、Netflix限定で配信されている映画だ。同級生の論文を代筆して小銭を稼いでいた女子高生の主人公は、ある日アメフト部の男子からラブレターの代筆を頼まれ、彼の恋路を渋々サポートすることになる。実は、そのラブレターを贈る相手は、密かに主人公が恋心を抱いていた相手だったのだ。
接点のなかった男女が何とかして恋の相手の興味を引こうとあの手この手を考えて、時には失敗をしたりもするも、少しずつ作戦が実り恋の成就につながっていく、という過程はコメディとしてとても面白い。それと同時に、登場人物それぞれが等身大の悩みを抱えていることも徐々に明らかになり、迷いつつも何とかして“自分らしさ”を手に入れようとする彼らのことを、心から応援できるようになっている。
物語の初めから、主人公は冷めた姿勢でいる。ギリシャ神話で語られる「自分の片割れ(タイトルのharf of it)」について「みんなが自分の片割れを必死に探しすぎ」と否定的で、「言っておくけど、これは恋愛モノじゃない。望みがかなう話でもない」と映画の物語そのものにも言及している。劇中では様々な映画や小説、偉人たちの言葉を引用していて、主人公はその言葉を人生の指針とするも、やはり恋愛には消極的のままだ。そんな彼女の心境がどう変わり、どんな形で、自分自身の言葉で「愛とは何か」を知るまでの心理描写はスリリングでもある。
ちなみに、本作は監督であるアリス・ウーの個人的な体験にも基づいている。レズビアンをカミングアウトしている彼女は、青春時代に白人男性の親友がいた。だが、その親友にガールフレンドができたため、2人の仲の良さを妬んでしまったのだという。そんな極めてパーソナルな“普通の悩み”を、万人向けの娯楽作に仕上げたことが、本作の最大の魅力だろう。
『ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから』の情報
監督:アリス・ウー
出演:リーア・ルイス、ダニエル・ディーマー、アレクシス・レミール ほか
製作:2020年
時間:1時間45分
この映画をNetflixで観る
多様性を描いたおすすめ映画その9:『ジュディ 虹の彼方に』(2019)
『オズの魔法使』(1939)の主演で知られるハリウッド黄金期のミュージカル女優ジュディ・ガーランドの、47歳の若さで急逝する半年前の日々を描いた物語だ。映画出演のオファーが途絶え、巡業ショーで生計を立てる日々を送っていたジュディは、住む家もなく借金も膨らむばかり。幼い娘や息子との幸せな生活のため、起死回生をかけた公演に挑むことになる。ジュディを演じたレネー・ゼルウィガーは、アカデミー賞で主演女優賞受賞に輝いた。
劇中ではジュディの幼少期の姿も映し出され、彼女が大人たちの搾取の対象になってきたことが痛々しく伝わるようになっている。信じがたいことに、13歳だった彼女は、当時はダイエット薬として使用されていた覚醒剤を常用していたのだ。その時から続く過労や抑圧のせいで、実年齢よりも老け込んで見える、1人の女性の痛々しい姿を丹念に映していく物語は、とても残酷でもある。
そんなジュディは、死後50年たった現在もなおLGBTQコミュニティから熱烈に支持されているゲイアイコンのパイオニアであった。彼女は「同性愛者たちにとってのエルヴィス・プレスリー」と評されるほど支持者に愛されていた。劇中には実際に、ジュディのコンサートに足繁く通う中年のゲイカップルが登場し、いかに彼女の存在が救いになっていたのか、ということがわかるようになっている。
そもそも『オズの魔法使』も、知恵を欲しがるカカシ、心を持たないブリキ男、臆病なライオンという、長所も短所も持った個性的な者たちが一緒に旅をして、そして大切な何かを手にするという、多様性を訴えた物語だとも解釈できる。その映画の主演を務めたジュディが、ボロボロになるまで疲弊していったという事実は辛く苦しいが、だからこそ彼女に救いをもたらすラスト、そして続くテロップの感動がある。
現在はAmazonプライムビデオなどでレンタルでの視聴が可能である。
『ジュディ 虹の彼方に』の情報
監督:ルパート・グールド
出演:レネー・ゼルウィガー, ジェシー・バックリー, フィン・ウィットロック ほか
製作:2019年
時間:1時間58分
多様性を描いたおすすめ映画その10:『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』(2019)
こちらは10月9日より劇場で公開される作品だ。サンフランシスコに暮らす平凡な青年は、祖父が建て、かつて家族と暮らした思い出の宿るヴィクトリアン様式の美しい家を愛していた。ある時、その家を家主が手放し売りに出されたため、青年は親友とも共に何とか手に入れようと奔走する。映画製作会社の“A24”と“プランB”が、アカデミー賞作品賞を受賞した『ムーンライト』(2016)以来のタッグを組んだ作品である。
劇中および現実のサンフランシスコは、経済発展や都市開発によって急速に変わっていっている。主人公の青年は、自分たちを取り残されたような焦燥感にかられ、親友とともに心の置きどころを探し求めて行動する。理想とするコミュニティーが失われようするも、何とかしてその復活を夢見る主人公の姿は、普遍的なものとして映るだろう。
劇中では様々な人間が登場する。若者役にはスタッフの友人やアーティスト仲間、ベイエリアのラッパーなど、ほぼほぼ実際のサンフランシスコ在住の人間をキャスティングしていて、リアリティと多様性も意識したつくりになっている。劇中では「裸の男性が隣に座っても主人公が全く驚かない」というシーンもあるが、それも「サンフランシスコには本当にいろんな人がいて、裸の人なんて慣れているから」という製作者の意図があったのだという。
本作の予告編のラストには「多くの財産をもたなくとも、心の中に大切な居場所とかけがえのない友がいる。それだけで人生はそう悪くないはずだ」という監督からのメッセージがある。この言葉通り、この映画では「人生の多様性」も訴えられている。そして、劇中の親友2人の信頼関係を、観客自身がそれぞれの大切な人に当てはめることで、より身近な物語として感じられるはずだ。
『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』の情報
監督:ジョー・タルボット
出演: ジミー・フェイルズ、ジョナサン・メジャース ほか
製作:2019年
時間:2時間1分
http://phantom-film.com/lastblackman-movie/
それぞれが「同じで、違う」この世界を生きていこう
ここで紹介した多様性についての映画は、もちろんほんの一部だ。2020年10月初旬現在は同性愛を描いた映画『リスタートはただいまのあとで』『海辺のエトランゼ』『窮鼠はチーズの夢を見る』『マティアス&マキシム』も劇場で公開されているので、ぜひ合わせてチェックをしてみてほしい。
世の中には多様な人々や生き方がある。お互いの声に耳を傾け、共存し、それぞれが大切な存在であると認め合うこと……そのためには、やはり自分の認識をアップデートしていくことが必要だ。
『ミッドナイトスワン』の項でも触れたが、LGBTQ+や人種問題などへの認識、そして多様性の価値観を反映した映画、および現実の社会は、まだまだ(特に日本においては)過渡期であると感じるところがある。
だからこそ、この記事でご紹介した映画を観てほしい。「これから(自分は、社会は)どうすれば良いのか」を、観た人それぞれが考えれば、多様性を”当たり前”とする世界の実現につながるはずだ。
参考記事:
ありのままの相手を想う、心からの美しい気持ち『シェイプ・オブ・ウォーター』監督インタビュー | シネマズ PLUS
「映画『ジュディ虹の彼方に』を見る前に知っておきたいジュディ・ガーランドのこと」(高橋芳朗の洋楽コラム)
『ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれから』抽象的で観念的な“愛”をめぐる冒険 |CINEMORE(シネモア)
A24による最新作『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』監督が語る 激変する大都市に送るメッセージ – TOKION
文=ヒナタカ
インディーズ映画や4DX上映やマンガの実写映画化作品などを応援している雑食系映画ライター。過去には“シネマズPLUS”で、現在は“ねとらぼ”や“ハーバー・ビジネス・オンライン”などで映画記事を執筆。“カゲヒナタの映画レビューブログ”も運営中。『君の名は。』や『ハウルの動く城』などの解説記事が検索上位にあることが数少ない自慢。
Twitter:@HinatakaJeF
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