90年代ギャングスタ・カルチャーが詰まったオトコの音楽部屋
音楽からデザインの世界に飛び出した
ミュージシャンと会社員のハイブリッド生活を楽しげにこなすTBS’93さんの部屋は、MPCやターンテーブルなどの音楽機材と90年代のヒップホップ・カルチャーのグッズたちに囲まれたザ・男の部屋。
自身の音楽活動を支える部屋の秘密を隅から隅まで紹介する。

スピーカーは家の外側に向けるなど、近所への配慮も余念がない
プロフィール
名前:TBS’93さん(25歳)
職業:会社員・ミュージシャン
居住形態:1人
ルームデータ
所在地:東京都上板橋
間取り:1K
家賃:5万8000円/月(管理費込み)
築年数:25年
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じっくり探した部屋で、90年代ヒップホップカルチャーにどっぷり
TBS’93さんは大学進学時に静岡から上京、横浜で最初の一人暮らしをスタートさせた。その後、池袋に近い会社に就職したのを機に上板橋へと転居、この部屋でかれこれ4年目の生活を迎える。好条件のこの部屋に行き着くまで、じっくりと時間をかけてとにかく探しまくったそうだ。
部屋探しでは「家賃の値ごろ感」「風呂トイレが別」など、一般的な条件を掲げたが、こだわったのは「自然のエネルギーを取り入れやすい部屋であること」。角部屋で窓が3箇所あり、光も風も季節の移り変わりが身近に感じられる。
「今日は晴れてて気持ちがいいなとか、感じたいタイプ」とさらりと言うが、音楽機材に囲まれた部屋とこの風貌から発せられる言葉としては、少々意外だった。実は自然に身を置くキャンプも大好きで、クローゼットにはキャンプ道具が山ほど詰まっているという。
中学2年の頃に出会ったヒップホップに傾倒し、特にハードコアなギャングスターのカルチャーが大好きだった。現在は会社員として働く傍ら、rice water GrooveのMC兼ビートメーカーとして音楽活動も精力的に行なっている
「最近は声をかけられることも多くなってきて、軸足を音楽活動に置けるようになってきた」と嬉しそうに話す。この部屋でTBS’93さんがビートを作り、仲間と一緒に曲にする。この部屋から生まれた曲は数え切れない。自然とここには人が集まり、音楽が生まれる部屋になった。
愛すべきものたちに囲まれた部屋で90年代にタイムスリップ
映画に登場する典型的なアメリカ人家庭のリビングを再現するために、「カーペットとソファ」はどうしても外せないアイテムだった。カーペットを敷き、ソファを置くための苦肉の策として購入したのが、部屋を立体的にレイアウトするためのロフト風のベッド。

縦長の部屋を上手にオーガナイズし工夫して暮らす
部屋の3分の1を占めてはいるが、縦長の部屋をシステマティックに機能させる「できる奴」でもある。お陰でソファ前のベストな位置に大きめテレビを置くことができ(ネットフレックス堪能のために48インチを最近購入)、その周囲には大好きな雑貨を所せましと飾っている。ホコリひとつない几帳面なグッズディスプレイは、統一感がないようでいて、なぜか見ていると心が和む。
「ギャングカルチャーをポップに解釈するとこうなる、という空間ですね。好きなものを集めたら、自分の精神年齢がかなり幼いことがわかった」と自虐的に話す様子は少年そのもの。このスペースは、リラックスできる居心地の良さも、アーティストとしてのクリエイティブな時間も支える重要な要塞だ。
「この手の雑貨はレア物も多いので、とにかく迷ったら買うが基本。気に入らなければフリマで売って、経済を回転させればいい」(TBS’93)。そんな気骨で買い集めた愛しいグッズたちを眺めながら、多くの時間をソファで過ごす。

ベッド下のスペースは大好きな雑貨でぎっしり

一番のお気に入りを聞くと長らく悩んで、これをピックアップ。韓国で普通に販売されているポカリ缶だが「最高のアートワーク」と絶賛する
ちなみにアメ車風の2人用レザーソファは、静岡の父親の会社にあったものを格安で譲ってもらった。
「3000円という破格の安さだったが、会社経営をする父は不思議なことに必ず少額でもお金を払わせる。昔から経済的支援は絶対になかったし、彼なりの教育哲学だと思う」(TBS’93さん)

この部屋のためのソファーとは言っても過言ではない程しっくりくる
ターンテーブル、レコーディング機材などがズラリと並び、懐かしい映画のポスターやアジアングッズに溢れる部屋は、まさに90年代へタイムスリップしたような錯覚。TBS’93さんの愛情が注ぎ込まれて、動き出しそうなほどの生き生きとした空間に仕上がっている。

ターンテーブル下の棚には生活感たっぷりの日用品が詰まっているが、見せない・出さないを徹底している
ミュージシャンと会社員のハイブリッドな生活スタイル
TBS’93さんのrice water Groove はヒップホップのグループだが、「混合東洋諸国文化の普及」をテーマに活動している。平たく言えば、「カンフーや侍や忍者など、世界各国で誤認されている東洋カルチャーを逆輸入しヤバさを楽しむ」ということらしい。
「大好きな90年代のヒップホップ・アーティストは相当東洋文化を勘違いしていて、使い方を完璧に間違ってる。その間違い方が笑えるし、なぜかカッコいい。そのヤバさを令和の時代に広めるのが自分たちの使命かなと(笑)」(TBS’93)

ベッドスペースにも90年代の映画ポスターが貼られている
カンフーのTシャツやステッカーなど、グッズ販売はグループの収益源でもある。ストリーミングにより音楽1曲の価値が下落した今、価値観や思想もひっくるめてブランディングしないとアーティストは生き残れない時代なのだという。
アルバムリリースを3ヶ月後に控え、仕事から8〜9時頃に帰宅してすぐ機材に向かい、死ぬほど疲れて就寝。また翌日、重い体を引きずって仕事に行くという生活を送るTBS’93さん。「音楽活動と仕事の両立の苦労話」を聞こうとしたが、「大変だけれど集中して音楽に向い合えて、いいリズムでストイックに活動ができ充実している」と前向きな話しか出てこない。
「音楽だけに集中できても幸せかもしれないけど、今は社会性・経済力も手にして、しかもミュージシャンとしても活動できているハイブリッド状態」と大人の余裕をのぞかせた。

今はアルバム制作のため、帰宅後はほとんどの時間をこのブースで過ごすという
思い描くのは仲間との理想のシェア生活
現在メンバー2人が上板橋在住というrice water Grooveだが、今年秋には他のメンバーも上板橋に引越してくる予定なのだそう。メンバー集結で起こるであろう科学変化につい期待してしまう。
「物件さえあれば1軒家を借りて、メンバーでシェアしてもいい。今の部屋では曲を作るのも寝るのも同じ部屋なので、ワークスペースと居住空間を分けたいというのが目下の目標。93年式のボルボでも買って、メンバーで車も所有したいし夢は広がります。別にみんなリッチな訳じゃないけど、金がなくても“稼いでるフリをする”というヒップホップの文化を体現したいですね」(TBS’93さん)

冷蔵庫の扉もご覧のとおり。適当に見えて、実は計算し尽くされているかのような絶妙なレイアウト
博物館並みに陳列されたポップな雑貨たちを、引越し時にどう運ぶのか気になるところだが…この部屋を借りる際に唯一妥協した「広さ」の問題を、今度は仲間とのシェア生活でクリアにする日は近い。
文=元井朋子
写真=編集部