デザイナー新井リオさんが叶えた夢と、自分自身をクリエイトしていく生き方
音楽からデザインの世界に飛び出した
コワーキングや働き方改革、好きな場所で好きな時間に働くアクティビティ・ベースド・ワーキング制など、働き方に自由を求める風潮が高まっている昨今。
でも、好きなことを仕事にして自由に生きるのって、思っている以上にハードルが高い。自分が好きなことと生活、収入は、実はあんまり仲が良くないようにも見える。
だが、そんなキビシイ社会の現実を尻目に、創造性の海を意気揚々と航海する若者がいる。カナダと日本を拠点とするグラフィックデザイナーとして、またバンドマンとして活動する新井リオさん、24歳。
彼にとって “ひとつの国”だという部屋を訪ね、ライフスタイルと自己実現への観点を聞いてみた。

ロフトから見下ろした彼のワークスペース
プロフィール
名前:新井リオさん
職業:グラフィックデザイナー
居住形態:1人
ルームデータ
間取り:1K+Loft
家賃:10万5千円
築年数:約1年
音楽との出逢い
彼が音楽と出会ったのは小学生低学年のとき。TVアニメの主題歌を聞いて衝撃を受け、中学生になってエレキギターを買ってもらった。暫くはひとりで演奏していたが、高校生になると好きな音楽が共通している友人たちと出逢い、「PENs+」という名前でバンド活動を始める。
「あの頃は音楽活動に、自分が持っている全てのエネルギーを注ぎ込んでいました」と当時を振り返る彼。「エモ」という日本ではあまり浸透していないジャンルの音楽だ。しかし並外れた演奏力と複雑なメロディライン、若さと憂いのある青春をそのまま表現したようなサウンドは、一瞬でファンを惹き付けた。
結成直後に参加した10代のバンドのみが参加するロックフェスではファイナルに出場。日本だけでなく海外でもライブを精力的に行い、大学を含めた5年弱の活動期間で3枚のCDを発売、アメリカでもレコードをリリースするなど、将来が期待されるロックバンドとなった。

独学するのが大好き! と語る新井リオさん
独学でデザインのスキルとセンスを習得
グラフィックデザインに興味を持ったのは、そんな音楽活動の最中だった。バンドのオリジナルグッズを作るにあたり、自らデザインを学び始めたのがきっかけだ。
美術系の学校に通っていたわけでもなく、ゼロからのスタート。基本となる考え方からテクニックまで全て独学(!)、デザイン関連の本を読み漁ったり、ネットの情報をフル活用したりして身に付けたという。

優れたデザインが多く載っている本を丁寧に読み込み、分析することがデザイン上達の秘訣という
音楽を仕事にする、という選択肢もあった。だが、バンド活動は2016年に一旦休止。新井さんはグラフィックデザインを仕事にするため、突然、カナダへと旅立つ。音楽でやるべきことは全てやってきた、同じ熱量を別のことにも注いでみたい、という気持ちがあったからだ。
「カナダにはバンド活動時代にライブで訪れ、そこに暮らしている人たちの優しさや思慮深さに心を打たれました。多民族国家、多文化主義で日本人を受け入れてくれる土壌も、惹かれたところですね」(新井さん)
カナダには約1年半滞在し、仕事の土壌となるスキルやネットワークができた。オフィス兼住居として、この部屋を借りたのは1年ほど前のことだ。
住まいは自分を守ってくれる国のような存在
新築アパートの二階にある、この部屋。キッチンはステップフロアになっていて、バスルームもリビングより一段低いところにある。ベッドルームは傾斜した屋根の形をそのまま活かしたロフトにあり、長い階段を上っていく…というロッジのような不思議な空間だ。

収納がほとんどない、この部屋では洋服や帽子もディスプレイの一部
この部屋を選んだ理由のひとつが、天井の高さ。「天井が高いとクリエイティビティが高まると言われていますよね。生活空間とワークスペースがフロアの違いで緩やかに分かれていて、オフィス兼住居とするのにピッタリでした」という。
しかし、一人暮らしの部屋としてはフロア面積が広い割りに、収納スペースはほとんどない。「ここまで収納がないなら、全て見せるインテリアに」と、洋服や本、ギターなどの道具から雑貨まで、ディスプレイのごとく整然と並べた。
決して少なくはない物を美しくレイアウトする術は、グラフィックデザインの仕事を通して身についたものだろう、と自分自身を分析する。
「部屋は自分にとって、ひとつの国のようなもの。物理的にも精神的にも外の世界と分けられていなければなりません。パスポートを持っている人しか招かれない。自分だけのルールがあります」と独自の世界観を思い入れたっぷりに語る。

雑貨が可愛らしくレイアウトされるワークデスク。時計が多いのは時間管理意識のあらわれ
活躍の影には並外れた努力があった
さて、音楽にもデザインにおいても、その時点での最善を尽くし、成功を収めてきたように見える彼。だが、歩んできた道は必ずしもエリートコースではなかったという。
「デザインについては最初、基礎的なスキルも、ネットワークもない全くの新参者。多くの作業をこなしても収入につながらない、苦しい時期もありました。ただ、そうした時期でも腐らずに、自分のスタイルを見つける努力を続けることが大切だと思います。自分にしかないスタイルができれば、それを欲しいという人は世界中のどこかに必ずいますから」(新井さん)

新井さんにとっては、スキルやセンスを身に付ける行程そのものが、作品の一部
グラフィックデザインの勉強を始めて6年。本人曰く、もう6年? という思いもあるが、何かを省略できたとは思っていない。
最初はネット上のコンペ形式で仕事を取るサービス「クラウドテック」などからスタートし、現在ではカナダの総合アート企業とフリーランス契約を結ぶまでになった。
また、バンド活動時代のつながりも現在の仕事に活かされ、レコードショップや海外アーティスの公式グッズデザインなどを手掛けているという。努力してきたことが見事に、現在の糧へとつながっているのである。
中学生時代から尊敬していたアメリカ人アーティストから直接、デザイン依頼が来て本人と対面! そんなミラクルも体験した。
「SNSなどが普及して世界中の誰とでもつながれるようになった今、努力さえ続けていればチャンスは平等にあります。そんな社会は歴史的に見てもありません」と新井さん。
実力次第でチャンスをものにできる環境が、モチベーションの源泉となっている。クリエイターとして生きるにあたって、彼が実践してきたポイントをまとめてみよう。
デザイナー・新井リオさんの実践ポイント
- 本やインターネットの情報をフル活用すべし。特に良書を丁寧に読み込むことが自身のスキルアップにつながる。
- 毎日の仕事に忙殺される中でも、自分のスタイルを探求することを忘れない。そうすることでファンが生まれる。
- ビギナーでも仕事が取れる「クラウドワークス」や「ランサーズ」などのサービスに初期から参加し、「好きなことを仕事にする現実」を体験する。
- 学んでいる過程もブログなどで積極的に公開する。そうした情報発信が仕事につながることも。
曲を作るように人生を設計する
実は今、彼が興味を持っているのは、音楽活動とデザイン…だけに留まってない。カナダでのライブをきっかけに始めた英語学習おいても、自身のスキルを磨いてきた。これもまた独学。学習法をブログで公開したところ多くの反響を呼び、近々書籍化される予定という。ここでも、学ぶ過程が活きた。
また最近になって、バンド活動も再開。休止前から何者にも束縛されない自由なスタンスで音楽活動を行ってきたが、「これでお金を稼がなければいけない」という意識がなくなった分、以前にも増して、曲を作ること、歌うことをより純粋に楽しめるようになったという。
音楽も英語もデザインも、自身を表現する方法のひとつ。彼の生き方は、まるで自分の人生そのものをクリエイションしているかのようだ。
文=田端邦彦
写真=編集部