ものすごい愛の「読むと一緒に住みたくなる話」第1話 城主と監督

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ものすごい愛の「読むと一緒に住みたくなる話」

結婚生活の愛おしさや、日常の思わずクスっと笑ってしまうエピソードを綴ったエッセイやポストが人気の、ものすごい愛さん(@mnsgi_ai)による連載「読むと一緒に住みたくなる話」。

第1話は、夫さん“こだわりの城”に招かれた日のエピソードから、おふたりのたのしくて愛おしい日常をお届けする。

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ものすごい愛

札幌在住のエッセイスト・薬剤師。著書に『今日もふたり、スキップで ~結婚って”なんかいい”~』『ものすごい愛のものすごい愛し方、ものすごい愛され方』などがある。前者は松村沙友理さん、白洲迅さんダブル主演で実写ドラマ化され話題に。
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ものすごい愛の「読むと一緒に住みたくなる話」第1話 城主と監督

夫と結婚してはや8年。わたしたちは結婚と同時に一緒に住み始め、新婚生活は京都の1DKの家からスタートした。その後、札幌に引越したタイミングで2LDKの家で暮らしていたが、だんだん荷物も増えて手狭になってきたし……と現在の3LDKの家に移り住んでかれこれ2年ほどになる。

この8年の間で家の間取りは着実にグレードアップしていき、夫婦ふたり1DKのスペースで生活していたときのことを考えたらずいぶん快適になった。台所は使い勝手がよくなったし、収納スペースもたくさんあるので物が増えたにもかかわらず室内はすっきりした。今の家は周囲の環境も含めてとても気に入っており今後長く住むつもりだから、これまで間に合わせでつかっていた家具を少しずつ新調し、インテリアも楽しめるようになった。賃貸でありながら、自分たちなりに居心地のよい、理想の家をつくれていると思う。

結婚生活が長くなるにつれて物が増えたといえど、夫婦ふたり暮らしで3LDKは空間に余裕がある。LDK以外の三部屋は、ひと部屋は夫婦の寝室に。もうひとつの部屋は将来子供を持つことになったら子供部屋として、現在はお互いの友人や両親が泊まりに来たときのための客間に。そして最後のひと部屋は、夫の書斎になった。

はじまる城の建設

念願叶って自分の部屋を得た夫のテンションの上がりようといったらなかった。

ウイスキーが大好きな夫は、まず最初に自身のコレクションを飾る棚を買うことに。わたしだったらとりあえず高さ、幅、奥行きをメジャーで測り、「棚 おしゃれ」などと検索してサイズの合う、気に入ったデザインのものを選ぶくらいだが、夫はかなりの慎重派である。ありとあらゆる単語で、様々な角度から検索し、ショッピングサイトや他人のSNSのアカウントだけでなく、身内の人間しか見ていないような知らないおじさんのブログまで夜な夜な見漁っていた。気になった棚を見つけたとしても、必ず大量のレビューに目を通し、またそのレビューが信用に値するか、その棚についてレビューを書いている人の他の商品に対するレビューまで確認する徹底ぶり。もちろん数多のショッピングサイトでの価格比較は忘れない。そうこうして、吟味に吟味を重ねまくって購入したウイスキー棚。ああでもない、こうでもないと言いながらほくほくした表情で何度もウイスキーを並べ直している夫の姿を見て、かなり満足のいく買い物ができたのだろうと思った。

また、音楽も好きな夫はレコードプレイヤーやスピーカー、レコードラックも同じように面倒くさい手順を踏んで購入していた。「いつも座る場所で一番いい音が聴こえるように、スピーカーの高さにこだわったんだ……!」と教えてくれたが、あまり音楽を嗜まない身からすると「聴こえりゃ一緒でしょ」と世間の音楽家たちを敵にまわしそうな感想を抱いてしまった。が、うれしそうな夫を前にその言葉をグッと飲み込んだ。

さらに、「毎朝出勤前にここで筋トレするんだ!」と、虎の毛皮柄のラグの上に鎮座するダンベル。そのスペースでダンベルを持ち上げてみると、ウイスキー棚に掛けられたスフィンクスの顔を模したハンカチと目が合った。配線類が見えないように隠し、立派に整えられたパソコン機器の周辺。ディスプレイの前には「かわいいものだけ並べてみました」とドラゴンボールのキャラクター・チチのフィギュアと、シルバニアファミリーのペルシャ猫の赤ちゃん、海岸や港湾に設置されている消波ブロックの模型が置かれていた。

壁には古道具屋で購入した、赤LARKを吸っているダンディなおじさんのポスターと、「ネットでたまたま見かけて一目惚れしたんだ」とわざわざ東京に住んでいる友達に日暮里まで行って買ってもらった、これまたおじさんが刺繍されたラグ。複数のおじさんが飾られた、おじさんの部屋。おじさん多すぎない?と思ったが夫はたいそう気に入っているらしい。それにしても、なんの変哲もない消波ブロックの模型は“かわいい”カテゴリに入るのだろうか。

大好きとこだわりが詰め込まれた、六畳一間の城。膨大な時間と労力を費やしたのだから、うれしさもひとしおだろう。夫はできあがった城の内部を見渡し、「夜寝る前に、ここでレコードを聴きながらウイスキーを舐めるんだ……!」とうっとりしたり、寝る前にはベッドの中で扉の向こうにある自身の城に思いを馳せながら「もし将来子供が生まれてもここには絶対に入らせない! あってもお父ちゃんの一緒のときは特別だよって入らせるのもいいよね……」と胸をときめかせたりしていた。

城は我が家の領土外

特に話し合ったわけではないが、この8年の間に我が家の家事分担は自然と決まっていった。掃除や整理整頓、洗濯、料理はわたしで、トイレや洗面所、風呂場などの水回りと車関係は夫である。仕事の拘束時間や家計の負担割合、得意不得意などを考慮し、一緒に過ごしていくうちにこんな風に落ち着いた。

とはいえ、これに明確な線引きがあるわけでない。わたしは料理担当だが毎食つくっているわけではないし、特別な理由なくサボることがある。そういうときは外食をしたり夫が買ってきてくれたりする。また、夫は何も言わず家中の掃除機をかけてくれたり、洗濯をしてくれたりするし、わたしも夫が忙しいときは代わりに洗車にいくこともある。

なんとなくグラデーションになっているが、これでいいと思っている。家庭という最小単位の社会で共存しているのだから、相互扶助の気持ちを根底に据え、持ちつ持たれつやるのが一番楽ちんで、家庭内の秩序を保てているのだ。

ただし、夫の部屋だけは別だ。同じ敷地内にあるが、あの城は領土が別だと認識しているため、掃除担当であるわたしの管轄外として扱っている。たまに親切心からついでに掃除機をかけてやることや、収集日のゴミを回収してやることはあるが、基本的に立ち入ることはない。

だから、なんかの拍子に落ちたであろう、床の上でさびしげに横たわっているスフィンクスのハンカチと目が合おうが、消波ブロックにホコリがかぶっているのに気づこうが、基本的にはノータッチ。城の掃除は、主がやるべきだろう。何も言ってはこないが、夫も自分の聖域にむやみやたらと侵入されるのはあまりいい気持ちならないだろう、という気遣いも少しだけある。が、それ以上に興味がないのである。

城へのご招待

ところがある日、夫に「部屋の片づけを手伝ってほしいんだけど……」と頼まれた。

夫が整理整頓が苦手なのはよく知っている。だから、家庭内の整理整頓はわたしが担うことになったのだ。でも、正直なところ知らん。だって面倒くさいし。

「えー自分の部屋じゃん、自分でやりなよ」

そうわたしがひと言断ると、夫は矢継ぎ早に譲歩を繰り返してきた。

「ごめん、手伝ってほしいは語弊があった」「手伝わなくていい」「手も口も出さなくていい」「監督のように見てるだけでいい」「いや、むしろ見てなくてもいい」「ただ部屋で座ってくれているだけでいい」「君が大好きなくるりのレコードをかけてあげるから!」

しつこく懇願してくる夫に気圧され、仕方なしに付き合ってやることにした。

しばらく見ないうちに、夫の城はずいぶんと荒れ果てていた。促されるままに、そこそこ値段が張りそうなゲーミングチェアに腰掛ける。夫が「君が好きなの知ってるからね、買っておいたんだよ」と、くるりの『感覚は道標』のレコードをかけてくれた。

きっとこの椅子も、ご多分に漏れず吟味しまくって購入を決めたのであろう。ずいぶん座り心地がいい。あくせく動き回る夫の気配を感じつつ、今年の冬は黒のロングブーツがほしいな、なんてスマホでZOZOTOWNを見ながら片づけが終わるのを待った。

「だいぶ片づいてきたかも!」という声が聞こえて顔を上げた瞬間、思わず「どこが???」と大きい声が出てしまった。本はデスクの端っこに積み上げられたまま。その隣には乱雑にまとめられた大量の書類。それらに隠れるように、サングラスをかけたブタの小銭入れ、亀の甲羅を模した小銭入れ、なんか高そうな革の小銭入れが集められていた。

どうやら、夫とわたしでは“片づいた”の概念が違うらしい。デスクの端っこにいくつもの小銭入れが追いやられた状態を、片づいたとジャッジはできない。「なにもしなくていい、監督よろしく座ってるだけでいい」と言われたものの、夫の整理整頓の下手さが見ていられなくなり、あのさぁ!と口を出さずにはいられなかった。

「そもそもなんでこの部屋に本棚ないの? さっさと買いな? とりあえずブックスタンド的なやつ使って、机の上に立てて並べておこうよ」「書類も! これいらないやつもあるはずだよ! 大事なものとそうじゃないものがごっちゃになってる! 大事な書類ならビリビリに破いた封筒にそのまま入れておかないの! クリアファイルに付箋貼って、何が入ってるかマジックで書いて、重要書類はまとめてケースに保管!」「てかなんでこんなに小銭入れがたくさんあるの? あなたずいぶん前からキャッシュレス派になったでしょ! 全部捨てな! え? 人からもらったもの? じゃあなんかテキトーな箱を見繕って宝物ボックスにしてそこにまとめなよ!」

一度気になってしまったら最後、口を出すだけではもう我慢できない。音楽のリズムに合わせ、棚に並べられたウイスキー瓶のほこりをぽてぽて落としている夫からハンディモップを取り上げる。「あーもう貸して! こんなのは最後でいいの!とりあえずあなたはいるものといらないものの分別して! 細かい整理はわたしがやるから!」と結局手まで出す羽目になった。

結婚して8年。わたしが夫の整理整頓下手を知っているように、夫もわたしの性格をよーく知っている。着実に片づいていく部屋で(最初からこれが目的だったのでは……?)と勘繰りたくなったが、「あーうれし、テキパキ動いてる監督はなんてかわいいんだ」とにこにこしながらわたしの指示に従っている夫を見て、力が抜けてしまった。

夫は綺麗になった城の真ん中でわたしの両手を取り、「もっとこの部屋に遊びにきなよ、おれがいないときだってここで過ごしていいんだからね? 椅子も座り心地よかったし、くるりのレコードもよかったでしょ? たまにはここで一緒にレコードを聴きながらお酒を飲んでおしゃべりしようよ」と言った。なるほど、真の目的はこっちだったか。

あまりに熱心に誘ってくる夫に見つめられていると、満更でもない気分になってくる。「まあ、そんなに言うなら招かれてあげないこともないかな」と返すしかなかった。

編集部より

「“わが城”を手に入れてもなお、ものすごい愛さんを招き入れて一緒に過ごしたい」という夫さんの姿から、愛するパートナーと暮らすうれしさや喜びが伝わってくる。それぞれが家事や好きなことして過ごす時間がある一方で、長く一緒に暮らしていても、ふたりの時間を共有することはやっぱり楽しい。

第2話は、ものすごい愛さんと夫さんが「一緒に暮らしてよかった、楽しい」と心から感じる瞬間をお届け。

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イラスト=MOOLU

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