ものすごい愛の「読むと一緒に住みたくなる話」第2話 イレギュラーなのが楽しいの

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ものすごい愛の「読むと一緒に住みたくなる話」

結婚生活の愛おしさや、日常の思わずクスっと笑ってしまうエピソードを綴ったエッセイやポストが人気の、ものすごい愛さん(@mnsgi_ai)による連載「読むと一緒に住みたくなる話」。

第2話では、ものすごい愛さんと夫さんが「一緒に暮らしてよかった、たのしい」と心から感じる瞬間をお届けする。ものすごい愛さんの世界をひとマスずつ広げていった「イレギュラー」とは?

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ものすごい愛

札幌在住のエッセイスト・薬剤師。著書に『今日もふたり、スキップで ~結婚って”なんかいい”~』『ものすごい愛のものすごい愛し方、ものすごい愛され方』などがある。前者は松村沙友理さん、白洲迅さんダブル主演で実写ドラマ化され話題に。
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ものすごい愛の「読むと一緒に住みたくなる話」第2話 イレギュラーなのが楽しいの

近所に仲のよい友人が数人住んでいる。何かあってもなくてもしょっちゅう我が家に集まっているのだが、これがまた楽しい。

ありがたいことにその友人たちと夫は仲がよいので、夫がいようがいまいが関係なしに遊びにきてくれるし、夫しか家にいないときでも好き勝手に我が家に上がってわたしの帰りを待っていてくれることもあるくらいだ。

夫のわたしの友人に対する振る舞いを一言で表すと、“無害”。

みんなで鍋を囲んでいるときや酒盛りをしているとき、映画の鑑賞会でもしようかなんてときは夫も一緒に楽しむが、なんとなく女同士の会話で盛り上がっているときや、女性特有のセンシティブな話題になりそうなときなんかは、気づかぬうちに席を外してくれていたりする。夫はこの塩梅がどうも上手で、だからこそ友人たちも気兼ねなく遊びにきてくれるのだと思う。

誰かと暮らすということは

ある日、いつものように我が家に集まって昼から酒盛りをしていたときのこと。話の流れでお互いの恋愛や結婚の話題になった。友人たちはみな現在独身でお付き合いしている人もいない。これから先、絶対に結婚したいわけではないが、だからといって頑なに結婚したくないわけでもない。縁がありタイミングが合えば、結婚という選択肢はあるっちゃある。今のままでじゅうぶん楽しいけれど、恋人がいたらまた別の楽しさもあるかもね。でも別に、焦ってるわけじゃないんだよな。そんなふうに話しているのを「へーなるほどねー」なんて聞いていると、ひとりが「でもさぁ、わたし今さら人と住めないかも」と言い出した。それを聞いていた他の友人たちは「わかる」「わかりすぎる」「わたしもだわ」と口々に同意した。

三十代半ばともなれば、ひとり暮らししてきた期間も長い。その間に、生活リズムはできあがり、居住環境も整ったのかもしれない。

「誰かとずっと一緒っていうのが無理だわ、絶対に家でひとりきりの時間がほしいんだよ」「お風呂とか洗面所とかさぁ、使うタイミングがかぶらないようにいちいち気をつかうのだるくない?」「今の部屋の家具、結構こだわってそろえたんだよなぁ……一緒に住むってなったときにアルミラックなんて持ち込まれた日には発狂しちゃうと思う……」

誰かと一緒に暮らすことを想像し、顔を曇らせる友人たち。

「そこらへんどうなの? 一緒に住んでて苦に思うこととかない?」

夫はどう思っているかはわからないが、わたしがひとり暮らしをしていたのは1年半ほど。それほどひとり暮らしに慣れていない状態から夫と一緒に住み始めたのもあり、生活リズムのズレについては気にしたことがなかった。インテリアも、今の家に引っ越してから少しずつそろえたので、アルミラックに部屋と思考を支配されたこともない。

25歳まで実家で暮らしていたが、自室を与えられていたにもかかわらず、思春期ですら一日のほとんどをリビングで過ごすタイプだったのも大きいかもしれない。

「そもそも人と暮らすのを苦だと思ったことないかも、というか誰かと暮らすほうが楽しい気がするし、人の目があったほうが人間らしい生活を保ててる気がする」と答えると「根本的なタイプが違うから参考にならない」と一蹴されてしまった。

仲間はずれをされたような気分のわたしをよそに、彼女たちの会話は「寝室は絶対に別がいい」「それぞれ自分の部屋を持てたら理想だよね」「いやーでも金銭的にそんな広い部屋に住める?」「てか一緒に住まなくていいかも」「あーわかる、いっそのこと別居婚もありだよね」と盛り上がっていき、最終的には「そもそも人と暮らすメリットとは?」「家賃と光熱費が半分になる」「でも自由な時間も減るんだよ」「じゃあデメリットのほうが大きい気がしちゃう」というところまで話は飛躍した。

ふと、自室にいたはずの夫が飲み物を取りにリビングに顔を出した。友人のひとりが「ねぇねぇ、一緒に暮らしててよかったな、楽しいなって思うのってどんなとき?」と夫に尋ねた。話の前後関係がわからないまま突然質問された夫は「えー何急に……」と戸惑いつつも、「イレギュラーなことが起きるのが楽しいかな」と答えた。

ひとマス広がる世界

イレギュラーなことが起きる。たしかにそうかもしれない。

わたしはひとりきりでもじゅうぶん生活を楽しめるが、わりと出不精で保守的だ。失敗したくないので、いつも決まった店に行き、おいしいとわかりきっているものを食べる。それはそれで楽しいのは紛れもない事実だ。でも、映画は名探偵コナンしか観てこなかったから、夫と暮らすようになって『千と千尋の神隠し』と『バック・トゥ・ザ・フューチャー』がとんでもなくおもしろいこと、『テネット』が難しくてよくわからないことを初めて知った。スープカレーの納豆のトッピングがわたしの口には合わないことも、夫から一口もらうまで知らないままだった。

旅先で行く地元のスーパーでのわくわく感、休日の朝に早起きをして公園でコーヒーを飲む気持ちよさ、夜中に車を走らせて朝日が昇るのを待ちながら煙草を吸ったときの指先の冷たさ、全部ひとりきりだと経験しなかったものだ。夫に「君はカポエイラを習ったほうがいい」と唐突に言われるまで、わたしの人生に“カポエイラ”という単語はカットインしなかっただろう。

それはきっと夫も同じで。一緒に暮らして最初の、新米の時期に「さて、今年の新米一発目は何をおかずに食べようか……」とわたしが本気で悩んでいることに驚いていたし、旬の果物を食べる習慣もなかったと言っていた。眠れない夜にはちみつ入りのホットミルクをつくってやったときに「そうか、こういう選択肢があるのか」と背中を丸めてうれしそうに飲んでいた姿を今でも覚えている。わたしと暮らすまで、本棚からBL漫画を取り出して読むこともなかったはずだ。

もちろん、うれしいことばかりではない。虚弱体質の夫が息つく暇もなく次から次へと体調を崩すのは見ていて気の毒だが、あんなにも大きいヘルペスをこさえた唇は結構見応えがあった。また、真面目な夫からしてみたら、「足がくさいよう」と酔っ払って泣きながら帰ってきたわたしの足を風呂場で膝をついて洗ってやるなんてこと、自分の人生に訪れるとは想像していなかったんじゃないだろうか。自分ひとりきりでは情けないと肩を落としそうなことでも、相手にとってはなかなか刺激的で悪くないんじゃないかと思う。

何気なく過ごしていながらも選択肢は無限にあり、日常生活ではイベントと呼べないほどささやかな出来事が無数に起こる。それらをひとりで楽しみきるにしては、わたしたちの発想は有限だ。退屈に過ごすまい、充実した日々を送ってやるんだと意識していても、ひとりきりではわたしも夫もきっと多くを見逃してしまっている。知らないこと、経験しないことを“もったいない”と一括りにするのは、短絡的すぎるし、うるせぇほっとけよと思う。それでも、他者からのイレギュラーによって、自分の世界がひとマス広がるのはわりとロマンチックなことなのかもしれない。

イレギュラーな買い物

先日、夫に一週間分の買い出しを頼んだときのことだ。食材を冷蔵庫に仕舞っていると、エコバッグから頼んだ覚えのないキノコが出てきた。頼んだ覚えがないどころか、人生で初めて見るキノコだった。

「なにこれ?」「わかんない」「わかんない?」「でもビビビッとくるものがあったんだよね。これでなんかつくってほしい」

なんか……? なんかって……?

両手で収まりきらないくらい大きく、見たことも、聞いたこともないキノコ。

調べてみたが、レシピの類は一切出てこない。この膨大なインターネットの海でそんなことある? と恐怖すら覚えた。

わかったことは、北欧の地域のみで食されていることと、若干の毒性があるので大量に食べてはいけないということだけ。

まさか、一緒に暮らしている人間が毒キノコを家に持ち込むとは。イレギュラーなことが起こるのがいいとは思っていたけれど、想像していたイレギュラーではない。これこそが、真の意味でのイレギュラーなのかもしれない。

さて、この毒キノコをどうしてやろうか。思いがけない悩みが生まれ、わたしの世界がまたひとマス広がった気がする。

編集部より

誰かと一緒に暮らすことで、自分の世界は思いがけず広がっていくもの。

日常に少しの“イレギュラー”が加わるだけで、同じような毎日を過ごしていても、昨日とは違う景色が見える。ひとりでは出会えなかった出来事との発見が、恋人やパートナーとの暮らしにはたくさん詰まっている。それらが積み重なっていく日々は、かけがえがないほど楽しく、豊かさに溢れている。

ものすごい愛さんの「読むと一緒に住みたくなる話」は、今回で一旦最終回。続編をおたのしみに!

1話では、結婚と同時にふたり暮らしを始めて8年。3度のお引越しを経てたどり着いたお家で、夫さん“こだわりの城”に招かれた日のエピソードからおふたりのたのしくて愛おしい日常をお届けする。

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イラスト=MOOLU

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