日本家屋で暮らす温かいレトロな暮らしに密着してみた
以前住んでいた住居が取り壊されてしまった夫婦。そんな二人が出会ったのは間取り図だけの物件だった
プロフィール
名前=本多康司さん
職業=フォトグラファー
居住形態=夫婦と猫
居住地=東京都
和室の広さ=6畳
築年数=62年
間取り=4DK
家賃=約16万円(駐車場込)
建物=木造平屋一戸建て
タイムスリップしたような趣のある佇まい
柔らかな陽ざしが風景全体を優しく包む。時間の流れがスローモーションになったかのような、心地良い風合いの写真群。本多さんは風景や人物、広告写真などで活躍するフォトグラファーだ。
写真には撮る人の人柄が表現されるというが、彼の場合には住まう家にもそれが表れていた。
東京都区内の中でも都心から少し距離をおいた閑静な住宅街。そこにある築62年、平屋建ての日本家屋が彼と奥様の住まい。
低めの生け垣と樹木が茂る庭、無造作に置かれた年代物の自転車、そして貫禄を感じさせる建物からなる一角の景色は、まるで昭和20年代へタイムスリップしたかのようだ。
「妻も私も、昔から古い家や建具、古びた物などが好きだったんです。この家に入居する前に暮らしていたのは築40年、その前はさらに古くて築70年でした」
独身の頃から和室での暮らしに憧れ、結婚を機に一軒家へと引越した。だが最初に住んだ家は2年契約の定期借家で、退去後に取り壊されてしまったという。そんな経験から、長く暮らせる家を見つけたい、という思いを抱くように……。
この家の物件情報を見つけたのは奥様だったが、その時点で掲載媒体に写真はなく、築年数や間取り、賃料などが公開されていたのみ。近年、こうした築年数が古い戸建て物件は急激に数を減らしているうえ、コンディションの良い物件はさらにレアだ。
すぐさま不動産会社に連絡して内見。これこそ探し求めていた住まいだと判断すると、躊躇することなく契約に至った。
「気に入っていた家が取り壊されてしまったのは、とても残念な出来事でした。このような古い日本家屋の造りを持つ家は今や希少で、価値があると思っています。壊されてしまう前に住んでおきたい、という思いから現在の住まいに決めました」
現代的な設備に交換された水回りと貼り換えられた壁紙以外で大胆にリフォームされた形跡はない。床やガラス窓なども一部は修繕されているはずだが、建築当時の趣は残されている。少々傷んでいるのも味わいのうち、というわけだ。

本多さんはここでコーヒーを飲んだり、読書をするのが至福の時なんだとか
刻まれた歴史がそのまま家の魅力に
家の中は、どこにいても不思議なほど明るい。南側の窓が大きいだけでなく、部屋の仕切りが障子になっていたり、室内の壁にも小窓があり、屋外からの光が家の隅々までよく届くためだ。
「夏は南からの日射しを庇で遮り、冬は陽の光が低い角度から家の中まで入ってくる。一年中、どの季節も適度な光量が得られる、とてもよく考えられた造りだな、と感心します。暮らしてみると、そうした日本家屋の素晴らしさが一層よく分かりますね」
光だけでなく風もよく抜ける住まいは、湿気がこもらないためかびにくく、虫も湧きにくい。入居時、エアコンを新設したが、真夏以外の使用は最小限で済んでいるという。伝統的な造りの家屋が日本の気候・風土に合っていて、少ないエネルギーで暮らせるのは改めて考えると当然のことだ。
強いて難を付けるなら、冬場の寒さ。その季節はガスファンヒーターが大活躍する。
ダイニングキッチンのほかに4室もある間取りは、お二人曰く「十分過ぎるほど広い」とのこと。
三室並んでいるうちの一室はリビング兼寝室。ここには以前住んでいた家から持ってきたベッドを置いている。隣は奥様の部屋。
そしてもう一室は、なんと愛猫海詩(うた)の専用部屋だ。窓の縁に乗ったり、板の間で寝転んだりと、とっておきの空間を自由気ままに謳歌している。日本家屋と猫は、いかにも相性が良い。

この家の心地よさが本多さんから伝わってくる
どんな家具でも、和室には似合う
インテリアを素敵に見せているのは、建具などに加えて、そこに置かれた家具、照明によるところも少なくないだろう。木の風合いが好きで、木製家具を好んで使っているが、意外にもこの家のために用意した物はほぼない。以前住んでいた部屋から持ってきたもの、友人に贈ってもらったものがほとんど。
仕事部屋では北欧製の家具が目立っているが、特にこだわりがあるわけではなく、好みに合うシンプルな造形の家具を選んだら、たまたま北欧製だったということらしい。アシスタント用に置かれたテーブルは、かつて反物を巻く台として使われていた板を元に仕立てられたリサイクル品。
古道具屋巡りをしている時に見つけたそうでこちらも趣がある。各部屋にある照明については入居時に交換したもので、それぞれの雰囲気に見合ったものが選ばれていた。
「和室にはどんな家具を置いても不思議と似合ってしまうんです。私の家ではシンプルな家具が中心ですが、逆にイタリア製のエッジが効いたデザインものを置いたとしても、それはそれで調和するでしょうね」
仕事部屋に置かれたスピーカーからはバイオリンのやわらかな調べが流れていた。包容力とでも言うのだろうか? どんな物でも受け止める不思議な魅力が和室にはある。

古道具屋巡りで見つけたアシスタントのテーブル。アンティークものは和室に合う
文=田端邦彦
写真=阿部昌也
※「CHINTAI首都圏版2017年2月2日号」の記事をWEB用に再編集し掲載しています。
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