【解説】映画『百万円と苦虫女』引越しの繰り返しで人間関係を学べる物語
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『リリイ・シュシュのすべて』や『フラガール』の蒼井優が主演を務める映画『百万円と苦虫女』。
一風変わったタイトルではあるが、ある普通の女性が遭遇するトラブルを追う、人生の悲喜こもごもが詰まった、誰でも共感ができるドラマだ。後にもタナダユキ監督と『ロマンスドール』でタッグを組むことになる蒼井優の“物憂げ”な魅力も存分に堪能できるだろう。
本作は引越しを通じて“生き方”を変えていく物語であり、様々な人間関係の学びも得られる内容である。その理由や、作品の魅力を解説していこう。
なお、現在はAmazonプライムビデオ、Netflix、Hulu、U-NEXTなど種々の配信サイトで鑑賞できる。
行きすぎた行動から刑務所へ……『百万円と苦虫女』は誰にも起こり得る物語
主人公である鈴子は、短大を卒業後就職活動で失敗し、バイト生活を続けている21歳の女性。
彼女はある事件を起こしたことから家族の元を離れ、100万円を貯めるごとに引越しを繰り返す生活を始める……というのが基本的なあらすじだ。
映画の始まりに示されるのは、主人公が「犯罪歴を持った」ということ。収監されていた刑務所からの出所、つまり“シャバに出た”ことを「シャバダバシャバダバ〜」と自嘲気味に歌う様はあまりに痛々しい。そこから時系列は少し前に戻り、彼女が前科者になった事件の顛末を解き明かすことになるのだが……(行きすぎている行動ではあったものの)その過程に同情を禁じ得ない方は多いことだろう。
怒りに身を任せた正義心による行動が、場合によっては犯罪とされてしまうこともある。どこにでもいる普通の人であっても、犯罪を犯してしまうきっかけはすぐそばに転がっている……そんな危険性が、ここで訴えられているかのようだ。たとえ犯罪でなくても、彼女のような何かの“失敗”をしてしまい、いま住んでいる場所から逃げ出して人生をリセットしたい、と考えたことのある方は少なくないはずだ。
詳しくは後述するが、その犯罪が簡単に拭いされるようなものではないと訴えられる一方で、それを受け入れて成長していく物語へ転じていく主人公の様は、似たような苦い過去を持つすべての方へのエールにもなることだろう。突飛で変わったあらすじのようで、極めて普遍的かつ感情移入しやすい心理を描いた映画と言えるのだ。
4度の引越し。住む土地や部屋で示された“他人への距離感”
“100万円を貯めるごとに引越しを繰り返す”という物語を通じて、本作は様々な場所を渡り歩き、さまざまな人との出会いと別れを経験するという“ロードムービー”の要素も備えている。住むことになる土地や部屋それぞれで、主人公の“他人への距離感”が示されているように見えるのも興味深い。
最初の部屋:ルームシェア・駅近・ドアのない部屋
鈴子が事件当時住んでいた、友人とのルームシェア予定だった駅近の部屋は、メインで住む部屋が壁1枚で分けられ、プライバシーを守るドアのない間取りだった。
彼女にとって、この間取りは他人との距離が近すぎた、だからこそ前科者になるほどの行きすぎた行動につながったとも言えるのではないだろうか。
2番目の部屋:海のそば・ワンルーム・畳の部屋
次に彼女は海の家で働くことになる。窓から少し離れたところに海が見える、畳がひかれた小さな(おそらく)ワンルームは、軽々しくナンパをしてくる(ように見える)青年となかなか打ち解けようとしない、他人から一定の距離を置きたい彼女の心理がそのまま表れているようだ。
3番目の部屋:山の中・民家
3番目に住むのは、喫茶店の店主に教えてもらった山々に囲まれた民家。彼女の主体性に欠けた、他人を遠ざける心理がさらに反映されたような土地と部屋であったが、そこに住み込んでいたのは、お風呂のドアを1枚隔てた脱衣所や、起きて来なければ寝室にまで入ってくるという、距離感が近すぎる中年男性だった。彼女はその田舎特有の感覚に戸惑うのだが、そのことも彼女の成長を促すことにつながっていく。
最後の部屋:東京郊外・フローリング・広い部屋
最後に住むのは、東京から特急電車で1時間ちょっとで行ける場所。床はフローリングで、1人で住むには十分に広い。「“心の余裕”が少しだけでもできたのではないか」と思えるような部屋であった。その心の余裕は、彼女がホームセンターのバイトで出会った大学生と打ち解け、そして“しゃべりすぎてしまう”様でもわかるだろう。
このように、主人公が移り住んでいくそれぞれの部屋は、彼女の行動や気持ちに作用していいる、“生き方”そのものを映しているようにも見えるのだ。
余談だが、住む部屋それぞれに越してきたとき、主人公が最初にしているのは「自前のカーテンを窓にかける」ということだった。弟への手紙を書くことや通帳の残高を確認することが優先で、窓の外はチラッと見ている程度だったのである。そんな彼女が、いつ窓の外をしっかり見ることになるのか、そして“誰と”見ることになるのかも、注目してほしい。窓の外の光景はそれだけで住む場所を決めるのに大切な要素であるが、本作では“閉ざされていた心の解放”も意味しているのかもしれない。
逃れらない人間関係と、“人間万事塞翁が馬”の価値観
主人公は前述した通り、住む場所それぞれで他人との距離感を慎重に測っているように見える。彼女は犯罪歴を持っているということから、他人とは仲良くしないまま引越しを繰り返そうとしていた。
孤独のままでいようとしつつも、生きて仕事をする以上は他人と関わることは避けられないし、過去の事実も心の中から消し去ることはできないでいるのだ。
最後の街で、彼女は“本音で話し合える相手”が欲しかったのだとわかる。ホームセンターの仕事で出会った大学生は親切で優しく、悩みをさらけだせるほどの器量を持っていた。
上司から怒られてしまった彼女を励まし、「飲み会に行きたくない」という彼女の真意も見抜く。飲み会では「確か明日早いって言ってませんでしたっけ?」と声をかけて一緒に離脱するなど、隠された彼女の気持ちを理解していた。彼がいたことに対する鈴子の嬉しさが、喫茶店で「しゃべりすぎてしまう」シーンにつながるだろう。
早足で去ろうとする鈴子は、“しゃべりすぎ”を後悔し恥ずかしさを感じたのだろうが、「他人に気持ちをぶちまけてしまうこと」こそが、彼女には必要だったのだ。
“逃げ続けていた”主人公の対照的な存在として、彼女の小学生の弟がいる。彼は同級生からの苛烈ないじめにあっているが、中学受験でいじめっ子と違う中学に行くことを目指しながら、逃げることなく学校に通い続ける。彼が最終的に出した結論は、いじめに対抗する手段としては正直に言って同意しかねるところもあるのだが(筆者は、いじめへの最善の手段は逃げることであると思うため)、逃げ続けていたように見えて実は“戦っていた”とも言える姉の影響もあって、弟がその想いに至ったというのは感慨深いものがあった。
結局のところ、本作でもっとも実感できたのは“人間万事塞翁が馬”ということだ。このことわざの意味は「人間の運命の幸か不幸かは予測できない」、転じて「その時の幸運や不運がその後にどう変化するかわからないから、すぐに喜んだり悲しんだりしなくてもいい」という教えでもある。
主人公が事件を起こしたことは確かによいできごとではなかったが、回り回って引越し先のバイトで“かき氷”や“桃もぎ”などの新たな才能を見つけることにもなった。それらは他には生かしようもないと彼女は自嘲ぎみに弟への手紙に記していたが、決して悪い気分でもなかっただろう。鈴子は「人間関係でややこしいことを引き起こすに違いない」という確信をもって逃げ続けていたわけだが、その結果として自分のことを本当にわかってくれている(と思える)相手と出会うことができたのである。どれもこれも、事件がなければ経験し得なかったことだった。
辛いことがあったのなら逃げてもいい、逃げなくてもいい。
逃げ続けていたとしても結局は逃れられないこともある。どんな不幸があって、どんなことをしたとしても、それはいつしか幸運に転じることもあり得るし、人生には必要なことだったと思えるようになるかもしれない。
まさに“人間万事塞翁が馬”である。最後の主人公の表情を見れば(この時の蒼井優の演技が絶品!)、“前向きに生きる”強さを、きっともらえるはずだ。
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