【徹底解説】傑作映画『台風家族』草なぎ剛の役が過去の“総決算”の理由とは?市井昌秀監督の作家性も語る!
草なぎ剛主演の映画「台風家族」(市井昌秀監督)が期間限定で公開中
現在、映画『台風家族』が公開中だ。その内容を端的に記すと「最低な家族たちによる最低な1日を描くブラックコメディ(PG12指定)」であり、それを期待するのであれば確実に楽しめる、2019年に公開された日本映画の中でも指折りの傑作であった。
以下からは大きなネタバレにならない範囲で『台風家族』の特徴を記していくとともに、主演の草なぎ剛が演じる“クズでダメな男”の魅力、そして市井昌秀監督の“正しくなさ”を含めた作家性などを解説していこう。

このページの目次
舞台も時間も限定的!最低の家族の最低の兄弟喧嘩を描いたブラックコメディだ!
本作のあらすじは、ある老人が銀行強盗をして2,000万円という大金を奪い、妻と共に失踪してから10年後、いまだに所在がわからないその2人の仮想葬儀を行い財産分与をするため、4人のきょうだい(+数人)が集まるというものだ。
何よりの特徴は“舞台も時間も限定的”であることだろう。基本的には一軒家の室内だけで物語が進み、台風が近づきつつある一日の騒動だけを描くというシンプルな内容でもあるのだが、その過程では人間臭いキャラクターたちのクセや内面が徐々に見えるようになり、予想もしなかった驚きの展開も待ち受けている。
さらなる特徴は、この家族が“最低”であることだ。そもそもが両親が銀行強盗を働いた犯罪者であり、その子供である4人のきょうだいはその財産分与という“金目的”で集まっている。これだけでも(良い意味で)酷いが、特に戦慄するのは長男の言動や行動のクズっぷりだ。彼はもう清々しさを覚えるほどに情けなくて卑怯で小物でどうしようもないので、観ている内に“笑うしかない”状態になってくる。
だが、この“笑うしかない”ほどの“最低さ”こそが、『台風家族』の面白さでありキモだ。その最低さはもちろん極端にデフォルメしたものなのだが、同時に映画を見ている私達にも、自身の家族に対して“心当たりがなくもない”と思えるものでもある。“毒”の強いブラックコメディとして笑えるが、同時にちょっとドキッとしてしまう“家族あるある”も込められているのだ。
もちろん、この家族がこのままで映画が終わるわけはない。ネタバレになるので詳しくは書かないが、この最低のきょうだい喧嘩はやがて“家族の再生”の物語へと転換していき、その過程にはクライマックスへ繋がる伏線がたっぷり仕込まれている。あまりの最低さに笑ってしまうブラックコメディからの“まさか”の感動、これこそが『台風家族』の最大の魅力なのだ。
そして、“台風一過”という言葉がある。言うまでもなく台風は深刻な被害をもたらす自然災害だが、その後には晴れやかな青空が広がるものだ(しかしその被害が残ることもある)。その台風一過のような爽やかな(しかしちょっとだけ苦味もある)後味を期待しても、きっと裏切られないだろう。
余談ではあるが、『台風家族』の限られた空間での会話劇で徐々に真相が明らかになっていくというミステリー的な面白さは、亡くなったアイドルについてオタクたちが集まり語り合うという内容の映画『キサラギ』を思い出す。
また、いい年をした大人が滑稽で醜い争いをするのは、一室で“子供の喧嘩に親が出る”おかしみを描いた『おとなのけんか』を彷彿ともさせた。台風の来襲による日の“狂瀾”を描いているのは(市井昌秀監督がその影響を公言している)相米慎二監督の『台風クラブ』にも近いだろう。この3本を『台風家族』と合わせて観てみるのもおすすめだ。

草なぎ剛が演じるクズでダメな男は、彼の“総決算”とも言える役柄だ!
本作を語るにおいては、主演を務めた草なぎ剛の魅力を外すわけにはいかない。彼が演じているのは前述した“クズの長男”であり、実は脚本がほぼ当て書き(演じる俳優をあらかじめ決めてから脚本を書くこと)であったことも特筆すべきだろう。
というのも、脚本を兼任した市井昌秀監督は前もってある程度のプロットを書いていたのだが、草なぎ剛の出演が決まってからは「長男はこの人なんだ」という実感があったおかげで筆がスイスイと進んだのだそうだ。しかも長男の“小鉄”という名前は、草なぎ剛が「“小さい”ことにこだわるズルさ」や「なんか昔のことを引きずっている」といった人間臭いキャラを演じると面白そうだと想定したからこそ決まったのだとか(ある意味では失礼な話だ)。
実際の映画を観ても、草なぎ剛以外では考えられない、その活躍の“総決算”とも言える役柄になっていた。例えば、『世にも奇妙な物語 SMAPの特別編』での高慢でイヤな男、『任侠ヘルパー』や『クソ野郎と美しき世界』でのダーティな(元)ヤクザ、『まく子』での浮気癖のあるダメオヤジなどなど……草なぎ剛は、どちらかと言えば悪人だったりダメ人間であっても、それだけではない優しさや人間としての魅力のある役柄も熱演し、見事にハマっていた。今回の『台風家族』でも同様に、“悪人でクズでダメではあるがどこか憎めない”キャラに、草なぎ剛だからこその説得力を持たせているのだ。
さらに、この草なぎ剛が演じるクズでダメな長男は、バラエティ番組の「ぷっすま」での強烈なまでの天然ボケっぷり(とほんの少しの狂気)をも思い出させ、果てはテレビCMの「一本満足!」を彷彿とさせる“踊り”をも披露したりもする。ひょっとすると、一軒家に置かれていたアナログテレビへ向けたあるセリフは、過去に草なぎ剛が地上デジタル放送普及促進キャンペーンのメインキャラクターを務めたことへの“いじり”なのではないかとも思えるほどだ。
とにかく、草なぎ剛の活躍を知っている日本人であれば、彼が過去に俳優として演じた役どころか、CMやバラエティ番組での活躍をも踏まえたかのような(ただしクズの)キャラに感動を覚えることができるだろう。仮に彼のことを良く知らないという方であっても、俳優としての実力と魅力をストレートに感じることができるはずだ。

豪華俳優陣のハマりっぷりにも注目!中村倫也や甲田まひるもスゴい!
『台風家族』は草なぎ剛以外にも豪華俳優陣が集結しており、それぞれが最高のポテンシャルを発揮し、クセの強い愛すべき役にマッチしていることも訴えておきたい。MEGUMI、尾野真千子、若葉竜也、相島一之、長内映里香、斉藤暁、榊原るみ、藤竜也と、彼ら彼女らが演じているキャラそれぞれが“この世のどこかに存在している”としか思えないほどの実在感があるのだ。
出色なのは中村倫也演じるフリーター青年だ。数多くの舞台やドラマで活躍し、大ヒットした実写映画版『アラジン』での吹き替えも見事にこなしたイケメン俳優であるはずの彼が、見た目も言動も何から何まで「こいつダメだ」とまで思わせる、草なぎ剛演じる長男に負けず劣らずのクズに扮している様は必見だ。
さらに見逃せないのは、気の強い少女を演じた甲田まひるだ。彼女はインスタグラムで17万人のフォロワーをもつ17歳のファッショニスタにして実力派のジャズピアニストでもあり、演技力も言うに及ばず高いのだが、今回の役ではさらに“奇跡”と言えることがある。それは、両親を演じた尾野真千子と草なぎ剛の両方にそっくりということ。鋭い目つきは草なぎ剛、鼻と口は尾野真千子と、本当にこのふたりの娘に思える顔つきなのだ。
そのようにキャスティングはこれ以上は望めないというレベルなのだが……ひとつ、残念という言葉では足りないことがある。それは出演者の新井浩文が、ご存知の通り絶対に許されない事件を起こしたということだ。
「作品に罪はない」と言うのは簡単ではあるが、「苦しんでいる被害者のいる犯罪を犯した人間が出演した映画を公開していいのか」という意見も正当なものだ。彼が林遣都とのW主演を務めていた映画『善悪の屑』が公開が中止となったことも致し方ないだろう。この『台風家族』では、その新井浩文の逮捕を受けて公開延期のうえ3週間限定での上映がされる運びとなった理由が、公式サイトに掲載されている。とても誠実なコメントであるため、ぜひ読んでみてほしい。
その新井浩文は、4人きょうだいの中では比較的まともな“成功者”の次男を演じており、全編で活躍している。繰り返しになるが、『台風家族』におけるキャスティングはこれ以上は望めない、奇跡と言っても過言ではないものだ。それだけに新井浩文が起こした事件が遺憾ではあるのだが、編集も再撮影もすることなく、そのままの形で『台風家族』公開されたことを筆者は英断であると肯定したい。
余談ではあるが、『台風家族』は栃木県の観測史上1番暑い日を記録した時に撮影が行われたのだそうだ。俳優たちの肌からは汗がにじみ出ており、そのうだるような“熱気”をスクリーンから感じられることにも、注目してほしい。

市井昌秀監督の“正しくなさ”を含めた作家性とは?その過去作も要チェック!
市井昌秀監督の来歴も、非常に興味深いものなので紹介しておこう。
実は彼はお笑い芸人の“髭男爵”の元メンバーであり、ネタの方向性の違いから脱退したという過去がある。その時からテレビに出るというよりも、「作品みたいなものを作りたい」という気持ちが強かったそうで、劇団の研究生になった後に専門学校“ENBUゼミナール”に入学し、そこで演じるよりも脚本や監督のほうが楽しいと感じたために、お笑い芸人でも俳優でもなく、映画監督として活動することを選んだのだそうだ。
その上で、市井昌秀監督は「ただ笑えるだけでなく、ちゃんと人の心の痛みも描いた上での、コメディ映画を撮り続けていきたい」と語っている。その過去作を振り返ってみると、表向きはコメディではなく人間の内面を描いたドラマがほとんどなのだが、確かに元お笑い芸人であることを想起させる、クスクスと笑えるコミカルな描写も多いのだ。その過去作の一部を簡単に紹介しておこう。
1.『無防備』
![無防備 [DVD]](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/41pLmLLmWcL.jpg)
田舎のプラスチック工場で働く30代の主婦の前に、出産が迫る妊婦が現れたことから始まるドラマ。
本物の出産シーンを撮影したことでも話題を呼んだ作品であり、その妊婦を演じていた女優の今野早苗はなんと市井昌秀監督の妻でもある。“子供が生まれることへの嫉妬心”を描いた作品でもあるのだが、その嫉妬の対象となる役に自身の妻をキャスティングし、ましてや自身の子どもの出産現場を撮影して作品に落とし込んだということもスゴい話だ。
その出産シーンが過激とのことでR18+指定がされているが、それは言うまでもなく作品に必要なものだ。ぜひ観てみてほしい。
2.『箱入り息子の恋』

俳優だけでなく歌手としても大人気の星野源の主演作であり、35歳のイケてない男が、はじめて恋をした盲目の女性のために奮闘するという物語だ。
“恋は盲目”と言う言葉があるが、本作ではヒロインが視覚障害者だったからでこそ恋が発展することになる。障害への向き合い方もとても誠実であり、障害に限らず、様々な“欠点”を持つ人へエールを送る内容となっているのも素晴らしい。笑えて泣けるラブストーリーが観たい全ての人へオススメだ。
3.『僕らのごはんは明日で待ってる』
![僕らのごはんは明日で待ってる [Blu-ray]](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/41gP6tg1jVL.jpg)
同名の小説を映画化した作品であり、性格の全く違う男女の7年間を綴った物語だ。
一見すると“胸キュン”な恋愛映画を思わせるが、実はドライな視点での哲学的かつ論理的な男女関係の問答が主に展開していく。タイトル通りにごはんを食べるシーンが多いのだが、彼らはファーストフードやファミレスもよく利用している。このカップルがどのようなごはんを一緒に食べるようになるのか、その“変化”にも注目してほしい。
4.『ハルチカ』
![ハルチカ 通常版 [DVD]](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/512RPA8zm0L.jpg)
テレビアニメ化もされ好評を博した小説の実写映画化作品であり、高校で再会した幼なじみの少年少女が、廃部寸前の吹奏楽部を再建するため部員集めに奔走するという物語だ。
実は原作小説から青春だけでなくミステリーの要素があり、その“謎を解く”過程も映画用にアレンジされ面白く仕上がっている。そして、ラストシーンは今までの伏線が全て結集したような、最上のカタルシスが待っている。メインターゲットである中高生だけに独占させておくのはもったいない、“音楽映画”として記憶に残る作品だ。
以上の市井昌秀監督作品を振り返ると、一貫した作家性があることがわかる。その1つが“長回し”により俳優の演技をじっくり映し出すこと、前述したようにクスクスと笑えるコメディ要素があること、登場人物が“走る”シーンがあることなどだ。その走ることは文字通りに“疾走”であり、“誰かのために何かをする”という尊さに溢れている。
また、市井昌秀監督本人は自身の映画において常に“性”を必ず描くように心がけおり、そこには生物としての“生”や“人間臭さ”の一部分を、当たり前なことをしっかり描きたいという意図もあるのだそうだ。
さらに、市井昌秀監督作品では、クライマックスに少し現実離れした、半ばファンタジーがかった展開になることも多い。しかも、そのクライマックスはただ“良い話”というだけでなく、客観的にみれば登場人物が“正しくない行動”をしてしまったり、ほぼほぼ犯罪行為に手を染めてしまうこともある。ゆえに「リアリティがない」「引いてしまった」と否定的な声があがることも少なくないようで、この『台風家族』のクライマックスでも「10年も経ったのにソレがそうなっているか?」「それでいいのか?」と悪い意味でツッコミを入れてしまう方もいるだろう。
しかし、筆者はその市井昌秀監督の作家性を肯定したい。その“正しくなさ”は“そうまでしても成し遂げたいことがある”という究極なまでの願いそのものであり、半ばファンタジーがかった展開からは“そうまでしても描きたいことがある”作家としての想いを感じられ、ある出来事を通じて教訓を伝える“寓話”としての側面を強化していると思えるからだ。そこには“お涙頂戴”にならない、心からの感動が確かにある。

ちなみに、市井昌秀監督が『台風家族』の構想に費やした年数は、実質的には12年にも及ぶ。その時の企画は通らず、それを土台として構築された物語がようやく日の目を見たという労作でもあるのだ。そこから家族と台風をつなげた内容となったのは、市井昌秀監督が小学生の頃、家族みんなが台風が過ぎ去った後に真夜中にも関わらず家を飛び出し、50メートル走などをみんなで楽しんだという記憶が元になっているのだそうだ。
さらに余談ではあるが、『台風家族』には市井昌秀監督とその妻がユニットとなり執筆した小説版がある。その小説は各章ごとに登場人物の一人称視点で語られており、それぞれが考えていたこと、その内面がよりわかるようになっている。さらには映画では描かれなかった、エンディングのその後の“エピローグ”も収録されているので、合わせて読んでみるとさらに楽しむことができるだろう。
総じて『台風家族』は、市井昌秀監督の作家性が存分に表れ、草なぎ剛を初めとする俳優陣が限られた舞台で最高の熱演を見せ、ブラックコメディから“家族の再生”へと転換する物語はエンターテイメントとして抜群に面白く、かつクライマックスには思いもしなかった感動もあるという、全方位的に優れた映画作品だ。
12年間の時を経て作られたここまでの傑作が、9月26日(木)までの3週間限定というのは非常にもったいない。見逃さないように、ぜひ劇場へ駆けつけて欲しい。

<参考記事>
あくまで必死に遺産を取り合ってくださいと、役者さんにお願いしました。市井昌秀監督『台風家族』【Director’s Interview Vol.39】
祝公開!映画『台風家族』主演・草なぎ剛さん&市井昌秀監督【インタビュー】「僕はちょっと目を伏せているところがあるのかな」
【市井昌秀監督インタビュー】映画『台風家族』で草なぎ剛が魅せた素直さと、嬉しかったキャストからのリテイク提案
※草なぎ剛のなぎは弓へんに前の旧字体、その下に刀が正式表記
(C)2019「台風家族」フィルムパートナーズ
全国の人気駅から賃貸物件を探す
札幌駅 大阪駅 京都駅 渋谷駅 釧路駅 帯広駅 津田沼駅 神戸駅 姫路駅 静岡駅
全国の人気沿線から賃貸物件を探す
ゆりかもめ 京急大師線 仙石線 大阪環状線 東武野田線 阪急今津線 相模線 西武多摩川線 東海道本線 内房線