ヒラギノ游ゴの2兆個の趣味を1つずつ 第1回【スニーカー】
第1回目の趣味は、スニーカー

今家にある靴はこれで全部だ。筆者はバカだ。
ちゃんと数えたことはないけど、たぶんちょうど100足くらいあると思う。これがオタクとして多いか少ないかという話は本筋ではなくて、これらをどう楽しんでいるかという話を書いたのがこの記事だ。スニーカーそのものというよりは、「こんな楽しみ方どうよ」という物事を楽しむ姿勢が本題。だからこの記事では、スニーカーに興味がない人へ向けて、パッと見てパッとわかるものを中心に、自分の持っているスニーカーをいくつか紹介していく。
例えばこれだ。
見たことあるあれの色


色を見てピンと来なかっただろうか?
そう、ファミリーマートとファンタグレープだ。正式にオファーしたものかどうかはわからないけれど、カラーリングをサンプリングしたことはまあ間違いない。
モデル名はベイプスタ。販売元はA BATHING APEというストリート系ブランドで、90年代の裏原ファッションブームの象徴的存在なんて言われたり、最近では中国からの富裕層の観光客がショップに長蛇の列を作ったりする。そんなブランドだ。
この2足はエナメル素材というやつで経年劣化しやすい。スニーカーオタクの間では、貴重なスニーカーは部屋に飾るか箱に入れたまま保管しておくもので、履いて外に出るなんてとんでもない! という人がきっと主流派なのだけれど、筆者は持っている靴は全部履く。理由は「靴だから」だ。
とはいえこの2足はさすがにダメージが激しすぎて、最近では履いて外に出ることはなくなってしまった。

エナメル素材に限らずスニーカーは傷みやすいもので、数10年経つとソールに使われているポリウレタンなどの素材が水を吸って脆くなる「加水分解」という現象によってボロボロと崩れていってしまう。それを承知の上で買い集めるのがオタクだ。
いつかさよならするのを知った上で、宿命を受け入れて愛する。スニーカーオタクは、悲しみに慣れて歪んだ切ない奇人たちだ。
そして筆者がおそらく宇宙一愛しているスニーカーもまた、さよならの日が近づいてきている。
宇宙一好きな靴

リーボックの名作スニーカー、エイリアンスタンパー。もうだいぶ変色してきてしまった。
製品名がバカで最高だ。アメリカの小2が考えた最強の靴感がすごい。
これは映画『エイリアン2』の登場人物が履いていた「未来人の靴」が実際に商品されたもの。ロマンのあるバックボーンだが、うんちくはこのくらいで充分だ。そんなことはどうでもいい。「かわいくない?」筆者が言いたいのはこれだけだ。
スニーカーは単純なデザインのおもしろさだけでなく、こういったバックボーンを掘っていくのも楽しいのだけれど、そこに執着しすぎないようにしたい。スニーカーのことをかっこよくキックスと呼んだりすることがあって、そういうスタンスはそれとしてリスペクトしている。けれど、スニーカーというのはどこまでいっても運動ズックだ、というのが筆者のスタンス。かわいい! かっこいい! 楽! そんなんでいいのだ。
他にも、リーボックといえばこれ。

ポンプフューリー。
こちらの通称「シトロン」というカラーが一番代表的だろう。ミュージシャンのbjork(ビョーク)がこれを履いて雑誌CUTの表紙を飾ったのを見たことがないだろうか。かなり派手で、コーディネートに苦労する。バランスを考えて服を徹底的にシンプルにするか、覚悟を決めて靴に負けないくらい全身派手にするか。靴をたくさん持っていると毎日のコーディネートを考えるのがより一層楽しくなるのも醍醐味の1つだろう。

ちなみにこちらはロンドンの「フットパトロール」という、日本でいうミタスニーカーズ(有名スニーカーショップ)みたいな店の限定モデル。
これは筆者が初めて4万円以上出して買った靴だ。この靴がロンドンから飛行機に乗ってやってくるのを待つ2週間、毎日未来に期待して過ごしていたし、あてどない焦燥感に駆られていた。筆者は当時23・4歳だったけれど、あの2週間は間違いなく青春だった。
あえて青



上から順にエアジョーダン4、エアジョーダン13、エアジョーダン18。
スニーカーオタクの中でも最も愛好者の多いスニーカーがこの「エアジョーダン」というシリーズだろう。
バスケの神様ことマイケル・ジョーダンの名を冠したシリーズで、本来的にはバッシュ(バスケットボール用のシューズ)だけど、普段使いで履いている人が大半だろう。箱ごととっておいて大事に保管する、ここぞというときには防水スプレー(クレップというのが有名だ)をかけて履く、といった典型的なスニーカーファンたちから、ほとんど信仰みたいな愛を注がれているシリーズだ。
そんなジョーダンだけれど、どのモデルも基本的に最もベーシックなカラーは赤を基調としたものだ。なぜ赤か? マイケル・ジョーダンの所属チームの色だからだ。なので、オタクからしたら青は割と「あえて」な選択ということになる。
マイケルは趣味でやっていたモータースポーツのチームカラーとして青を使っていた、という逸話があって、もともとごく身近な趣味の仲間たちに青のジョーダンを配っていたんじゃないかと言われている。
筆者はモータースポーツには今のところ興味がなくて、単に青が好きだということ、そして偉人が大切にしていた趣味の時間に寄り添った色、というのがなんともぐっときて、ジョーダンは青を中心に集めている。
雨の日に出掛けるのが楽しみな理由



少し実用的な話もしよう。雨の日に役立つ防水スニーカーたちを紹介する。
さっき防水スプレーの話をしたが、筆者は一切使わない。なぜなら雨の日はこれらの防水スニーカーを履くからだ。
いちばん上がArrowood EVO WP。
スポーツサンダルで有名なテバの防水スニーカーだ。
靴紐の代わりにストラップ1本のみ。これが既存のスニーカーっぽくなくておもしろい。柔らかい防水素材による滑らかなシルエットがかわいい。
2番目がグリーンマスターライト。
その名の通り園芸用の靴だ。にしてもグリーンマスターて。
ウェットスーツの素材でできていて、頼りがいのある完全防水。筆者はフジロックもこれで参加している。
ソールは薄いので、クッション性の高い中敷きを入れて使うのがおすすめ。筆者は靴オタクがいくところまでいって中敷きにも凝っているのだけれど、特に「アーチフィット」という厚手の中敷きを信頼している。アーチフィットは最高。この靴に合わせるなら、0.5cm大きいサイズを買ってアーチフィットのヒールプラス20フルレングスを入れれば間違いない(個人の感想)。
最後が親方寅さん6。
これいいでしょ。大工さんなんかの現場作業員の方向けメーカー、福山ゴムの製品。
と言われなければZUCCaかコムデギャルソンあたりの製品に見えるんじゃないだろうか。筆者はワークマンのアパレルをディグるのも趣味の1つなのだけれど、中でもこれはかなり大きなヒット。写真のものは少し汚れてしまっているが、真っ黒で細身の靴なので、黒スキニーと合わせるとぴったり。
見た目からは想像がつかないだろうけど、ちょっと信じられないくらい水を弾くので、機能面もさすがの現場スペック。
ちなみに作業靴全般に言えることだけれど、購入直後はゴム臭がきつい場合があるので、重曹とお酢を溶かしたお湯にたっぷり浸けこんで匂いをとってからの使用を強くおすすめする。
ボツ案がまさかの商品化

この次に紹介するスニーカーで最後なので、ちょっとだけオタクっぽい話をしていいかな。これは語っておきたい。
このスニーカーはエアジョーダン3ティンカー。筆者の手持ちの中では一番オタクっぽいエピソードが語れるモデルだ。何かというと、この靴はこの世に存在するはずがない、エアジョーダン3のボツ案なのだ。
エアジョーダン3というのはエアジョーダンシリーズの中でも間違いなく人気上位と言っていいモデル。このモデルは、本来あのナイキのロゴマークがついていないすっきりとした印象の靴なのだけれど、デザイン段階ではロゴマーク付きの候補案と最後まで競っていた。最終的に「なしでいこう」となってボツになったロゴマークありの案を、30年の時を経て商品化してしまった狂った企画がこの靴なのだ。どうだろう、いかにもオタクウケしそうなバックボーンでしょう。
そういえばオタク以外で知っている人に会ったことないけど、この「ナイキのロゴマーク」のことは「スウッシュ」という。名前ちゃんとあるんだよ。
時には未来の話を

筆者はどんな原稿でも、可能な限り最後の段落では未来の話をして終わると決めている。
理由は筆者が暗いからだ。暗い話をしがちだからこそ、最後は未来に期待して終わりたい。だから今回もちょっと未来の話をする。
オタクが好むようなスニーカーは、基本的に80〜90年代にはすでにデザインされているものがほとんどだ。その色違いやアップデート版、復刻版が絶えずリリースされていて、まったく新しい型よりも昔からある型のほうが安定してヒットを飛ばしていると思う。
筆者が多趣味な人間として生活するうえで大事にしているのが、各趣味の業界の新陳代謝がハッピーな形でおこなわれているかどうかだ。ナイキには新しいチャレンジを続けていってほしい。だから新しい型を出したら優先的に買うことにしている。
などといろいろ言ってしまったが、このエアジョーダン33は、そういう贔屓目なしに見ても最高にクールで大好きなモデルだ。

このPULLと書いてある部分が靴紐代わりで、ここを引っ張ると締まり、緩めるときは黄色と黒の輪の部分を引く。なんて大げさな! こういうオーバーテクノロジーもスニーカーの醍醐味の1つだ。
おわりに
フーリガンのことを考える。暴れて周りに迷惑をかけるサッカーファンのことだが、でもそういうファンって、サッカーに限ったものじゃないと思うのだ。サッカーに限らず、自分の好きなジャンルに不利益をもたらすファンはいる。スニーカーで言えば転売屋が最たるものだけれど、転売屋は、転売屋から買ってしまうあんたやあんたやあんたのせいで転売屋をやっている。転売屋から買うという行為は、「巡り巡って」なんて悠長な話ではなく、買ったら「即」ブランドやカルチャーに迷惑がかかる。そうして利益を損なって消えていったカルチャーはたくさんある。あんたは結局、自分で自分の首を絞めているわけだ。
筆者はそうではなく、自分の趣味のジャンルになるべく貢献したいと思っている。その手段を自分なりに考えた1つが「新しい型のスニーカーを率先して買う」というアプローチになったという話で、手段は他にもあるだろう。各々自分なりのカルチャーへの参加のしかたを示してみてほしい。あんたらのかっこいいところを見せてくれ。
今回はスニーカーの話をした。
スニーカーの他にも筆者には趣味が2兆個あり、この連載では筆者の趣味を毎月1つずつ紹介していく。第1回はわかりやすいものを、ということでスニーカーを選んだけれど、今後願わくばどんどんハードコアな方向に持っていきたい所存だ。読者が慣れてきたなというタイミングで「ミュージカル俳優の私服鑑賞」や「ナースサンダル研究」の回をやりたいので、毎月チェックしていただけるととてもうれしい。