【解説】映画『IT/イット』ピエロのペニーワイズが意味しているものとは?その「5つ」の考察

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今から2年前の2017年11月に公開された映画『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』を紹介

映画『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』
(C)2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

本連載では、月イチで名作映画を、過去に公開された月に合わせて紹介していく。7回目となる今回は、今から2年前の2017年11月に公開され、2019年11月8日には地上波初放送もされた『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』だ。

本作はスティーブン・キングが1986年に発表した小説の映画化作品であり、同時に1990年のテレビ映画『IT』の事実上のリメイクでもある。その内容をかいつまんで言えば、ピエロの姿をした得体の知れない恐怖の対象“IT”と戦うというジュブナイルもの。『シックス・センス』を超えホラー映画史上No.1の大ヒットを記録しており、時代を超え若者にも絶大な支持を得ている作品だ。

難しいことを何も考えなくても、一丸となって共通の敵に立ち向かうという冒険活劇が展開し、バリエーション豊かな脅かし方は“お化け屋敷”的で、さらに少年少女たちによる恋と友情も描かれるという、エンターテインメントとして十分に楽しめる作品だろう。同時に、その恐怖の対象である“イット”が意味しているもの(その正体)、細かな描写に着目すると奥深さも十二分にある内容でもあった。以下に記していこう。

※以下からは『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』本編の軽微なネタバレに触れている。核心的なネタバレは避けているが、予備知識なく本編を観たいという方は注意してほしい。

映画『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』
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映画『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』のピエロ・ペニーワイズの正体とは?

ペニーワイズの正体その1:子供にとって一番怖いもの

“イット”は子供たちの前にピエロの姿をして現れ、自らを“ペニーワイズ”と名乗っている。ペニーワイズが何を意味し、象徴しているのか……最も分かりやすいものを挙げるのであれば、“子供たちが一番怖いと思っているもの”ということだろう。

事実、今回の2017年の映画の劇中では、黒人の少年マイクが「(ペニーワイズは)それぞれが一番怖がるものを見せているのかも」と推測している。1990年のテレビ映画版では、ペニーワイズ自身が「俺はお前の見てきた全ての悪夢で、俺はお前の最悪の夢を実現し、そして俺はお前が恐れていたもの全てなのだ」とも宣言している。

ペニーワイズの脅かし方(幻覚)をみれば、それは明白だろう。例えば、黒人の少年マイクは火事で両親を失った恐怖を“扉から出てくる焼け焦げた無数の手”で提示され、図書館が好きな太っちょの少年ベンは“暗い資料置き場”に誘い込まれ、ラビ(ユダヤ教の宗教的指導者)の息子であるスタンリーはモディリアーニの絵画の“顔の長い女性”に、喘息持ちで潔癖症のエディは“不潔”を体現したような存在に襲われてしまう。

もはや、ペニーワイズは“オーダーメイド”で、子供にとっての怖いものをわざわざ用意してくれていように思えるほどだ。


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中でも印象に残るのは、少女べバリーが、洗面所から出てきた髪に掴まれてしまい、そして大量の血を浴びてしまうということだろう。これは、劇中で暗に示されていた“父親からの性的虐待”に対しての恐怖そのものだ。彼女は生理用品を薬局で選んでいたほか、父に触られた髪を自分で切っており、現実的に性的虐待について毅然と立ち向かおうとしていたのかもしれない……が、底意地の悪いペニーワイズはその恐怖・悪夢をわざわざ可視化・具現化してしまうのだ。

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ペニーワイズの正体その2:デリーという街、ひいてはアメリカ社会の悪しき歴史そのもの

デリーとは、スティーブン・キングの小説でたびたび登場する架空の街のことだ。実は原作小説の序盤では、警察からペニーワイズの正体を聞かれ「この街(デリー)だった」と答える人物がいる(映画でも“I Love(ハート)Derry”と書かれた風船が浮かぶシーンがある)。

ピエロとして姿を現している存在が街そのものであるという発想は突飛に思えるかもしれないが、確かにペニーワイズは街にはびこる悪意、ひいてはアメリカ社会の悪しき歴史そのものを体現しているようにも思えるのだ。

例えば、劇中では流行していたエイズの危険性について口にする場面があり、人種差別主義者の集団が放火したナイトクラブという、黒人差別における悪しき過去とその名残も明確に提示されている。

ペニーワイズは前述したように子供が一番怖いと思うもの……“不潔”を体現したような存在や、火事で両親を失った恐怖そのものと同時に、それをも可視化・具現化しているとも言えるのである。

映画『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』
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ペニーワイズの正体その3:ピエロへの恐怖そのもの

ペニーワイズにはモデルとされている実在の人物がいる。それは、33人を誘拐・殺害したという連続殺人鬼のジョン・ゲイシーだ。

少年に性的暴行を加えたうえで殺害し、その遺体を自宅地下や近くの川に遺棄していたというおぞましい犯行を繰り返していたジョン・ゲイシーは、ピエロに扮していたこともあってキラー・クラウン(殺人道化師)とも呼ばれ、人々へピエロに対する恐怖心を植えつけることになった。次々に子供を襲い、時に命を奪うペニーワイズは、確かにジョン・ゲイシーに似た存在だろう。

そのジョン・ゲイシー事件を踏まえなくても、ピエロはやはり心理的な恐怖や不気味さを覚えてしまう対象だ。顔は白塗りで、ハイテンションのままおどけていて、何を考えているのかがわかりにくい。子供の(大人でも怖い)ピエロへの恐怖心を、ストレートにペニーワイズは体現しているとも言える。

なお、メガネをかけたリッチーは、怖いものはないかと聞かれ「ピエロが怖い」と答えている。彼は自分の捜索願いの紙、棺桶に入れられた自分の人形、そしてたくさんのピエロを見てしまうものの、ルーザーズクラブの中で唯一ペニーワイズがオーダーメイドで具現化した恐怖を見ていなかったとも言えるのだが……リッチーは自身がお調子者で、下ネタをしゃべりまくってふざけているという、まさにピエロ(道化)のような立ち位置にいるため、“自分自身がピエロのような存在になりすぎてしまう”ことを恐れていたのかもしれない(リッチーが恐れていると思われるものにはもう1つあるのだが、それは後述することにしよう)。


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余談であるが、ペニーワイズを演じたビル・スカルスガルドは、自身の役を“子供の創造物”と定義し、「子供たちががいるからペニーワイズの存在がある」「彼の本質は子供であり、永遠に子供とつながっている」とも語っている。子供たちがピエロに対する恐怖心そのものが、“イット”をペニーワイズというピエロの姿に変えた、とも取れるだろう。

映画『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』
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ペニーワイズの正体その4:大人が問題を“見ない”ことの象徴

突然だが、英語には「Penny wise and pound foolish」ということわざがある。その意味は「一文おしみの百知らず」、実は原作小説ではペニーワイズの訳として“一文おしみ”というルビが振られており、このことわざを元にしたネーミングとも取れるのだ。

このことわざは「安物買いの銭失い」から転じて、「小さなことばかりに目を向けていて全体を見ないでいる」愚かさを警告しているとも言える。それは、劇中の大人たちに当てはまることなのではないだろうか。

劇中の大人たちは子供を理解しない、本質的な問題に気づいていないか、目をそらしている者ばかりだ。

例えば、エディの母親は不健康に太っており、息子が出かけるときにはキスを強要させ、あまつさえ偽薬で騙していたという、“過保護”を絵に描いた存在だ。いじめっ子のヘンリーの父親、性的虐待をしていたと思われるべバリーの父親、ただただ(お前の弟の)ジョージーは死んだと訴える吃音の少年ビルの父親もそうだろう。劇中の“テレビから聞こえる音声”からは、大人たちがペニーワイズに操られている化のような印象もある(原作小説では大人たちが明確に操られているとされる記述がある)。


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ペニーワイズという存在(=デリーという街にはびこる悪意)に気づき、その恐怖を理解しているのは、主人公たちルーザーズクラブのメンバーだけ。彼らが血まみれになったべバリーのバスルームを協力して掃除をするシーンは特に象徴的だ。べバリーの父親にはその血は“見えない”、だけど子どもたちはこのままにしておけないと、友達のために目の前の問題を解決しようとしている。転じて、「子供達の友情は大人には計り知れない力がある」という教訓にも取れるだろう。

映画『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』
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ペニーワイズの正体その5:団結の力には弱い存在かもしれない

アンディ・ムスキエティ監督は、公開中の続編である『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』の公開直前ファンミーティングイベントにて、“今この時代にこの作品を撮る意味”について、「恐怖が道具として使われている時代に生きている」ことを挙げている。

また、“今を生きる僕たちにとって重要なテーマ”として、「クソ野郎を信じるな」というメッセージと、「みんなで団結して、嘘や分断に立ち向かえ」という明確な意図もあるとしている。

まさに、この“団結の力”も本作が真に訴えていることだろう。思えばペニーワイズは子供たちが“独り”の時ばかりに脅かしている。逆に言えば、意思を同じくした者が団結すれば、ペニーワイズに打ち勝つこともできるかもしれないのだ。

本作はフィクションであるが、劇中で提示された恐怖や嘘、大いな悪意と立ち向かう方法としての団結は、現実で強く生きるためのヒントになり得るかもしれない。

映画『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』
(C)2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

前述した団結の力だけでなく、子供たちが自ら“選択”し、そして勇敢に立ち向かう物語である、ということも重要だろう。例えば、黒人の少年マイクは家畜の羊を殺すか否かの選択を迫られていた。少女べバリーはトイレでいじめっ子たちに「あばずれ」「クソ女」と呼ばれたことに「どちらかに決めてよ」と言っていた。序盤から、子供たちは明らかに選択をしていく立場にいることが示されているのだ。

そしてクライマックス、吃音の少年ビルは自分自身がもっとも恐れていたことに対して、ある重大な選択をすることになる。彼が決断できたのは、やはり子供たちの団結の力があってのことだろう。

※以下からは公開中の『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』の展開の一部と、ある解釈について触れている。核心的なネタバレとは言えないが、予備知識なく本編を観たいという方は注意してほしい。

後編で判明する、お調子者の少年のリッチーが本当に恐れていたものとは

『IT/イット』という作品群で重要なことに1つに、少年期と、その27年後という、2つの時代の視点が存在していることがある。

原作小説では少年期と大人時代が同時並行で描かれていた(1990年のテレビ映画版も概ねそれにならっていた)のだが、この2017年の映画版では完全に少年期だけを“前編”として描き、現在劇場にて公開中の『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』を“後編”として大人時代を描くという構成がとられている。

映画『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』
(C)2019 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

そして『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』では、少年期にお調子者だったリッチーがコメディアンの大人になっているのだが……今回では、実は彼はゲイなのではないか、彼が子供時代から恐れていたのはピエロだけでなく“ゲイだと知られること”だったのでは、と考えられるようにもなっているのだ。(原作小説の序盤を再現した)オープニングのゲイの青年の殺人事件は、ゲイへの迫害と差別の恐怖をストレートに示すものだろう。

例として、回想として提示される子供時代のゲームセンターのシーンでは(字幕では示されてなかったが)「Faggot」「Fairy」と同性愛者を侮辱する言葉がリッチーにぶつけられていた。また、序盤の同窓会のシーンでリッチーがある人物が結婚したことを知って「(結婚したのは)女?」と茶化すように聞いていたり、“とあるイニシャル”を掘っていたことからは、「実はリッチーはこの人のことが好きだったのでは……?」と、切ない恋心を窺い知ることができるのだ。

それから遡って、前編である『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』を振り返ると……リッチーが“男と女”に対する下ネタばかりを言っていたのも、自身がゲイであることを知られないための対抗手段だったのではないか、とさらに切ない気持ちになってしまうのだ。

映画『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』
(C)2019 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

後編は原作小説の“無くした記憶を探す”要素を再現している?

余談ではあるが、『IT/イット』の原作小説では少年期と大人時代が同時並行で描かれているため、子供時代の記憶がすっかり抜け落ちている(記憶喪失になっている)大人たちの心理が、「昔に何が起きたのかよくわからない」読者と一致するという構成になっている。

それと同様に、公開中の後編である『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』では、大人時代を描くだけでなく、前編で描かれなかった“抜け落ちた記憶の一部”を拾っていくような、子供時代の回想シーンを挟みつつ進行していく構成になっている。このおかげで、“前作の展開を少し忘れている”くらいであっても(むしろそのほうが)、劇中の大人たちが“なくした記憶を探す”心情とシンクロして楽しむことができるだろう。

ぜひ、前編である『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』だけを観ているという方も、公開中の『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』を観て欲しい。ペニーワイズによりオーダーメイドの脅かし方はさらにゴージャスになり、もはや恐怖よりも楽しさが勝るレベルにまでなっている。

何より、前編を観ていてこそ、様々な伏線を回収した物語としてのカタルシスを得ることができ、そして(以上にあげたペニーワイズが提示していた)様々な恐怖に打ち勝つためのヒントももらえることだろう。

映画『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』
(C)2019 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

参考記事:『IT/イット THE END』監督が日本のファンに本気で語った「真面目な話」

ヒナタカ

>インディーズ映画や4DX上映やマンガの実写映画化作品などを応援している雑食系映画ライター。過去には“シネマズPLUS”で、現在は“ねとらぼ”や“ハーバー・ビジネス・オンライン”などで映画記事を執筆。“映画レビューブログ”も運営中。『君の名は。』や『ハウルの動く城』などの解説記事が検索上位にあることが数少ない自慢。


Twitter:@HinatakaJeF
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