映画『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』にはメタフィクション的構造があった?自己存在を問う物語を今一度解説する

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映画『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』が全国公開中

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1998年に公開された『ミュウツーの逆襲』をフル3DCGでリメイクした『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』が現在公開中だ。ご存知、ゲームおよびアニメ『ポケットモンスター』を題材とした、その“原典”である『ミュウツーの逆襲』は日本で大ヒットしたことはもちろん、全米で約3000の映画館で公開され興行収入8000万ドルを記録し、週間興行収入ランキング初登場第1位を獲得した。これは日本映画における初の快挙であり、現在もこの記録を打ち破った日本映画はない。

その興行成績だけでなく、『ミュウツーの逆襲』は、おおよそ“子供向け”や“ファミリー向け”の娯楽冒険活劇とは異なる、革新的かつ規格外な内容でもあった。その魅力と面白さを、今一度解説してみよう。

クローンにおける生命倫理と、それを踏まえた逆襲が描かれていた

『ミュウツーの逆襲』は実に革新的な内容だった。何しろ、本作の敵となるミュウツーは人間にクローンとして“誕生させられた”存在である上に、”コピー”である自己の存在意義を問い、タイトル通りに逆襲をしかけるのだ。

公開前の1997年には世界初の哺乳類の体細胞クローンである羊のドリーが誕生し、クローンの生命倫理を考える動きが当時確実にあった。そんな背景からまず、その現実における生命倫理への問いかけを『ポケットモンスター』という子供に大人気のコンテンツで、ましてや劇場版アニメの第1作に盛り込み世に送り出したということが、大きな挑戦だったと言っていいだろう。

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企画当初では、元のゲーム内で“最強のポケモン”であったミュウツーをフィーチャーすることと、『ミュウツーの逆襲』というタイトルだけが最初に決まっていたそうだ。

脚本を務めた首藤剛志はその“逆襲”という言葉に大胆な解釈を与えることを考えた。最強のポケモンが逆襲をするに足る理由は何か、主人公に負けてしまったことによる逆襲などでは安っぽい、ならば幻のポケモン・ミュウのコピーとして生まれたミュウツーが“自己存在”を問い、自身を生んだ人類に逆襲をするのであれば、このタイトルも説得力を持たせられるのではないか、と。

序盤のミュウツーのセリフはかなり強烈だ。「誰が生めと頼んだ?誰が作ってくれと願った?私は私を生んだ全てを恨む。これは攻撃でもなく宣戦布告でもなく、私を生んだお前たちへの、逆襲だ」と……これははっきりと、クローンというコピーによる存在を作り出した人類への批判であり警告だ。神にでもなったつもりか、命をもてあそぶ権利が人間にはあるのか……そんなハードな導入部から物語は始まり、哲学的かつ示唆に富んだ収束を見せていく。

なお、本作における逆襲が示唆しているのは、単にミュウツーが人類に物理的に逆襲することだけにとどまらない。自己存在を否定すること、自身の生きる意味を見出せないことは敗北になるが、「自分とは何か」を問い続けることは“自己への逆襲”となり、それは敗北ではないのだと、首藤剛志は考えていたそうだ。その問い続けること、真理を追い求めることはデカルトの「我思う、ゆえに我あり」の考えにも通じているのだろう。

カタルシスの排除と、バトルの否定で見えてくるものとは

『ミュウツーの逆襲』の企画当初は明るい冒険活劇にするべきだという意見も出ており、書きあがった脚本の初稿も関係者からは「暗い」「重い」「派手さがない」「冒険活劇のワクワクする高揚感がない」など否定的な意見もあがっていたそうだ。

当時に子供だった筆者も、『ポケットモンスター』というコンテンツに期待していた楽しさとは正反対の内容に、良くも悪くもショックを受けていた。それでも、脚本を務めた首藤剛志はミュウツーを主人公にした以上、彼が登場する痛快な冒険活劇など考えられない、明るく軽く気分がすっきりするないようにする気はない、その内容で押し通したいと考えたようである。

物語の終盤では“本物”と“クローン”のポケモン同士が戦い合うのだが、それが痛快無比なバトルではなく、明確に虚しく哀しい戦いとして描かれるのもかなりショッキングだ。この時、ポケモンたちは自己存在の証明のため、自分のほうが優れていると示すために、ただ暴力で訴えようとしている。

『ポケットモンスター』というコンテンツおいて、ポケモン同士で戦わせるというのはむしろ中核を成す魅力と言ってもいいはずなのに、本作ではそれを否定している。物語としてのカタルシスも、バトルで打ち勝つ爽快感がないのも、完全に意図的なものだ。

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コンテンツがいかに“子供向け”や“ファミリー向け”であろうとも、安易に楽しく明るい雰囲気にならなかったというのは、「そうまでして描きたかったことがある」からに他ならない。自己存在を問うミュウツーが、コピーのほうが本物よりも優れているとはっきり優劣をつけて見ており、その上で本物とコピーのバトルを否定的に描くということが、『ミュウツーの逆襲』における最も重要なポイントだろう。ダウナーで暗い作風でこそ、それらのテーマ性が際立つようになっている。

なお、『ポケットモンスター』というコンテンツにおけるバトルを否定しているようだと前述したが、一方でオープニングでは痛快なポケモン同士とのバトルも描かれている。こちらはポケモンのトレーナー同士による、ある種スポーツのような公平さや真っ当さを訴えた戦いとして、終盤の虚しいバトルとの対比になっている。このバランスも見事なものだ。

ポケモンという存在は人間に近い?日本人の“わびさび”も表れていた

終盤ではポケモンたちが、ある理由により涙を流すことになる。ここで脚本を務めた首藤剛志は「ポケモンは感情によって涙を流せる、人間に近い生き物である」ということも訴えたかったそうだ。この前にポケモンたちはそれぞれの自己存在を賭けて戦っていたのだが、そこにある邪魔が入ってしまう。その“邪魔をしてくれた”存在に、ポケモンたちは涙するのだ。誰かの自己犠牲的な行動に泣いてしまうというのは、確かに動物ではあり得ないだろう。

ポケモンたちが泣いた理由には、彼らが心の奥底で「戦いをやめたい」と願っていたことも理由にあるのだろう。関係のない者が、利害を全く顧みずに、戦いをやめるための行動を起こしてくれた……虚しく哀しい戦いを止める存在が、彼らには必要だったと思えるのだ。

また、主人公・サトシの相棒であるピカチュウはこの戦いの前に、自身のコピーに対し戦うのではなく、ひたすらにビンタを食らい続けるという“無抵抗”という姿勢を見せていていた。自己存在を証明するための戦っていたはずのコピーのピカチュウは、むしろ攻撃するほどに、逆に自己存在の不確かさに哀しさを覚えているように見える。

一方で、コピーのニャース(ロケット団)は「この爪でひっかくと痛いだろうな」という理由で本物のニャースを攻撃せず、それどころか「今夜の月は満月だろう」と月を見上げることを望んでいた。これは明らかに達観した日本の“わびさび”の価値観だ。それをもって、自己存在のための戦いなんてどうでもいいじゃないか、戦わなければ誰も傷つかずに一緒にのんびりと今夜の月を観る事ができるじゃないか、と訴えているのは実にユニークである。

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そしてミュウツーの人間への逆襲は、最後には自立・共存を目指す方向へと向かう。虚しいバトルをするポケモンたち、戦いをやめさせてくれた存在、無抵抗のピカチュウ、わびさびの価値観を尊ぶニャースなど多数の要素で、『ミュウツーの逆襲』は自己存在に対する哲学や価値観を、多角的かつ論理的に、子供にもわかりやすく提示することに成功しているのだ。

『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』は忠実なリメイクだったが……

そして、『ミュウツーの逆襲』(以下オリジナル版と表記)は21年の時を経て、2019年に『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』としてリメイクされたのだが……驚いたことに、その内容はほとんど何も変わっていなかったのだ。

もちろん2Dの手描きアニメから3DCGアニメ映画へと表現方法が変わっているのだが、物語は全くと言っていいほどに同一である。良く言えば原典にリスペクトのある忠実なリメイクであるのだが、それは裏を返せばアップデートや改良が何も加えられていないということでもある。そのため、オリジナル版をよく知っているファンからは賛否両論の評価となっているようだ。

これは、オリジナル版の脚本を手がけた首藤剛志が2010年に亡くなっており、故人の作品の内容を変更することはできなかった(あえてしなかった)という事情もあったのだろう。そうだとしても、筆者個人としては、せっかく現代で作り直すのであれば“+α”があって欲しかった、映像表現を変えただけではリメイクの意義が薄いのではないかと思ったことも事実であり、またオリジナル版にはラジオドラマの内容を元にしたエピソードを追加した『完全版』の存在もあったのだが、今回のリメイクではそちらも描かれておらず、その点でも“不完全”な印象は否めない。

そのおかげで『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』は、物語上でコピーされたクローンの存在意義を問うことが、ほぼオリジナル版のコピーになっているこのリメイク作をメタフィクション的な視線で見てしまうことに繋がるという、何とも奇妙なパラドックスのある作品になってしまった。

とはいえ、今の子供に自己存在に対する哲学や価値観を訴えた物語に触れる機会が与えられたということは、大変喜ばしいことだ。それを映画館で上映することには、間違いなく意義がある。原典に忠実であることを、「余計な変更をしなかった」と肯定的に捉えられる方ももちろんいるだろう。何より、オリジナル版を観ていない人にとっては比較などをすることなく、純粋に作品を楽しめるはずだ。ぜひこの機会に、革新的かつ規格外であった『ミュウツーの逆襲』の魅力を知ってみて欲しい。

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(参考サイト:WEBアニメスタイル COLUMN シナリオえーだば創作術――だれでもできる脚本家/首藤 剛志

(c)Nintendo・Creatures・GAME FREAK・TV Tokyo・ShoPro・JR Kikaku
(c)Pokémon (c)2019 ピカチュウプロジェクト
公式サイト:https://www.pokemon-movie.jp/

ヒナタカ

インディーズ映画や4DX上映やマンガの実写映画化作品などを応援している雑食系映画ライター。過去には“シネマズPLUS”で、現在は“ねとらぼ”や“ハーバー・ビジネス・オンライン”などで映画記事を執筆。“映画レビューブログ”も運営中。『君の名は。』や『ハウルの動く城』などの解説記事が検索上位にあることが数少ない自慢。

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