プロサウナーと巡る「昭和サウナと昭和酒場」のある街、鶯谷
みなさんは「鶯谷」(東京都台東区)という街にどんなイメージをお持ちだろうか? 筆者には、これといった印象がない。天下の山手線沿線でありながら存在感は薄く、どことなく地味。住みたい街ランキングなどでも上位にランクされることはない。
しかし、「サウナ好きに絞ってアンケートをとれば、鶯谷は間違いなく住みたい街の筆頭でしょうね」。そう語るのは、年中無休でサウナに通う、プロサウナーのヨモギー氏である。
この街には多くのサウナー(※サウナを愛する者の意)が心の拠り所とする「昭和サウナ」があり、彼らが足しげく通う「昭和酒場」があるというのだ。今回は、鶯谷の魅力を知り尽くすヨモギー氏とともに、素晴らしき昭和サウナ、昭和酒場を巡ってみたい。
鴬谷駅に集合

というわけで、JR鶯谷駅南口にてヨモギー氏と待ち合わせ。ヨモギー氏の自宅は港区だが週1~2回ペースでこの街を訪れ、極上のサウナと酒で英気を養っているという。通い始めて、もう5年になるそうだ。
ちなみに、ヨモギー氏は朝夕のダブルヘッダーを含め週14でサウナに通う、筋金入りのサウナ狂。度々イベントを主催するなどしてサウナ文化の普及活動に努める“プロサウナ―”として、関係者の間では知られた存在である。

この日も自作の「サウナTシャツ」で来てくれた。気合十分。そんなヨモギー氏は、鶯谷の魅力をこう語る。
「まずは、何はともあれ『サウナセンター大泉』の存在。東京でもっとも古いサウナ施設で、サウナ―にとって聖地のような場所です。それから『萩の湯』。2017年にオープンした超大型銭湯で、こちらも素晴らしい。この2つが徒歩圏内にあるというだけで住む理由になりますが、それに加え、安くて美味しい、コスパ最強の食堂や酒場が本当に多いんですよ。大泉か萩の湯でサウナに入ってから、いきつけの店を2、3軒ハシゴするのがいつものパターンですね」
というわけで、今回はその「いつものパターン」に同行させていただくことにする。

まずは南口付近を散策してみる。鶯谷駅周辺は大きな開発の手が入っておらず、全体的に古い街並みが残っているのだが、なかでもひときわ昭和濃度の高いエリアがこのあたり。入り組んだ細い路地に年季の入った建物が並び、安居酒屋が寄り添うように暖簾を掲げている。

真っ昼間から飲めるお店もけっこうあって、この「鳥椿」などはその筆頭格。朝10時の開店から酔客たちで賑わっている。「昼から飲める街」って、人によっては不安を覚えるかもしれないが、個人的にはそれくらいおおらかな雰囲気の方が好ましく思える。

こちらは「東京キネマ倶楽部」。演劇やコンサート、ディナーショーなどに用いられるイベントホールだ。元は老舗のキャバレーだったという。「アングラ関係のイベントもよくやっているみたいですよ。懐が深いですよね」とヨモギー氏。

そんなディープな西口エリアを抜けて言問通り(ことといどおり)へ。ここを東に少し歩くと入谷である。



ヨモギー氏がよく利用するというクリーニング店。サウナを泊まり歩き、自宅に2~3日帰らないこともザラなため、各街に行き付けのクリーニング店があるそうだ。
刺身てんこ盛りの海鮮丼(1,050円)をいただく

「そろそろランチにしましょうか」
そう言って、おもむろに行列に並ぶヨモギー氏。

こちら、「さいとう」は魚屋が営む割烹で、鶯谷では外せないランチの名店だという。時刻は午後1時30分。ランチのピークタイムは過ぎているが、それでもなお40分待ちの行列だ。いったい何が食べられるのか……?

ドン! おお、なんとも豪勢な海鮮丼である。この盛りでなんと1,050円。これは並ぶはずだわ。僕らの後ろに並んでいたご夫婦は待ちくたびれて若干ご立腹だったが、海鮮丼が運ばれてきた途端にえびす顔。このビジュアルには、全ての怒りや憎しみを帳消しにしてしまうパワーがある。

ちなみに海鮮を別盛りにして、超豪華な「刺身定食」にすることも可能。お値段は変わらず1,050円。築地で食べたら2,700円くらいしそうだけどなあ。

ヨモギー氏は海鮮別盛りに加え、味噌汁に玉子を落としてもらっていた。さすが、オーダーがこなれている。

分厚くカットされた旬の魚、香ばしいカツオのタタキ、たっぷりのネギトロ、イクラ。食べても食べても全然なくならない。刺身だけでお腹いっぱいになる海鮮丼なんて初めてだ。

「ビールのアテで刺身を食べて、残ったイクラを丼にしてシメるのもいいですよ」とヨモギー氏。なんだそれ、贅の極みかよ……。
ご飯との配分を考え、刺身をチマチマやりくりするケチな海鮮丼とはワケが違う。
いざ、サウナ―の聖地「大泉」へ

さて、満腹になった我々は住宅街を抜け……

いざ、東京サウナのレジェンド、「サウナセンター大泉」へ。


これぞ昭和サウナという雰囲気がムンムンである。ちなみに、男性専用なので、客の8割はおじさんだ。

浴室内は撮影NGのため写真は割愛するが、我々はここでサウナと水風呂の交互浴をたっぷり2時間堪能した。90度のサウナは湿度も程よく、キリリと冷えた水風呂は清涼感にあふれていた。サウナ―が聖地と讃えるのも納得の、素晴らしく心地よい設備だ。
「ここのサウナは常務が取り仕切っているのですが、サウナと水風呂に対してどこよりも『本気』なんですよね。サウナ室はコンディションがいつも安定していますし、水風呂も美しく透き通った素晴らしい水質を常に保っている。水風呂って近くで工事があるだけですぐ水質が悪化してしまうデリケートなものなんですが、ここは薬品の使い方なども工夫して心地良い環境を整えてくれています」とヨモギー氏。


ちなみに、サウナセンター大泉は食事も最高。

仮眠ができるリクライニングルームには、おじさん好みの渋い漫画がズラリ。宿泊は3,000円なので、サウナ付きのマンガ喫茶と考えればめちゃくちゃ安い。
鬼コスパの最強銭湯「萩の湯」
さて、大泉の神ってるサウナですっかり整った我々は、再び街へ。向かった先は……

そう、「萩の湯」である。大泉から萩の湯までは徒歩7~8分。超一級のサウナと銭湯をハシゴできるなんて、愛好家からしたら本当に夢のような街だと思う。
「ひだまりの泉 萩の湯」は、2017年5月にオープン。元々この地で長く営業していた銭湯がリニューアルしたものだ。大人460円(サウナは別途、平日120円)という銭湯価格はそのままに、超ハイスペックな設備と行き届いたサービスを提供。ちょっとどうかしてるんじゃないかというレベルで、太っ腹な銭湯である。






しつこいが、このクオリティで460円なのである。どこかの石油王が道楽で経営しているのだろうか? 全国を見渡しても、これほどまでにコスパのいい銭湯はそうそうないと思う。

サウナで火照ったカラダに、やきとり&ビールが染みまくる
さて、すっかり陽も落ちた。身も心も整ったところで、いよいよ晩飯である。気になるお店は山ほどあるが、今夜はヨモギ―さん厳選の3軒を巡っていこう。

まずはこちら、鶯谷駅南口近くの「ささのや」。

ここでは目の前で次々と焼かれる焼き鳥を、好きなだけ取って食べることができる。どれも1本70円で、最終的に串の本数を数えてお会計というシステム。串の数なんていくらでもごまかせそうだが、「そんな野暮な客はいませんよ」とヨモギー氏。性善説に基づくシステムが成立している鶯谷は、やはりいい街なんだと思う。
なお、18時の時点で店内は満席だったため、我々はオープンエアの立ち呑み席でビールと焼き鳥をいただいた。サウナで火照ったカラダと、ゆるゆるに弛緩したココロ、そこにビールを流し込む。これ以上の喜びが、他にあるだろうか。
笑えるくらい安くて美味い町中華の名店
さて、名残惜しい「ささのや」をビール一杯と串3本でなんとか切り上げ、2軒目へ。

2軒目は町中華「美叙飯店」。いかにも大衆中華食堂というたたずまいである。

中華には瓶ビールということで、改めて乾杯。

そして「家常豆腐」。揚げだし豆腐に中華餡をまとわせたもので、ヨモギー氏が「これを超える豆腐料理は存在しません」とまでおっしゃる惚れ込みようだ。
揚げだし豆腐の中は熱々とろとろで、甘辛い餡と相性がいい。たしかに美味い。ヨモギー氏が上げてきたハードルを、易々と超える美味さだ。


ヨモギー氏いわく「ここのオーナーは中国の方なんですけど、どの料理も日本人の舌に合う絶妙な味付けなんですよ。しかも、メニューを見てください、笑っちゃうくらい安いでしょう」


お酒も総じて安く、焼酎(シングル)は180円、日本酒は280円、酎ハイ280円である。1,200円も出せば瓶ビールと焼酎2~3杯、つまみ2~3品と、たっぷり飲み食いできる。ラーメンで締めても1,500円。さっきの「萩の湯」を入れたって2,000円だ。確かに安い。笑っちゃう。
このクオリティであれば倍くらい高くても納得できそうだが、他の店も軒並み安い鶯谷ではこれが適正価格なのだろう。お店サイドは大変だが、客としてはこんなにありがたいことはない。
おいしいおにぎりと優しい「すいとん」でシメ

ラスト3軒目はこちら。鶯谷駅北口から徒歩5分、尾竹橋通りにある「はつね」だ。

小料理屋風だが看板は「おにぎり」。正直もう腹がパンパンでコメが入る余地などないのだが、「ここでおにぎりと味噌汁を食べないと締まらない」とヨモギーさん。ならば参りましょう。


ここでヨモギーさんは熱燗にスイッチ。僕もお付き合いしたいが、すでにベロベロに酔っているのでお茶をいただく。いつもはビール数杯程度でそんなことにはならないのだが、サウナ後の酒は想像以上に染みる。随分と効率のいい酔っぱらいだ。つくづく、安上がりな街である。

そんな酔っ払いにはうれしい、おにぎり&味噌汁のセット。美しい三角形のおにぎりは具がたっぷり。味噌汁は豆腐となめこ、オーソドックスでほっとする。今、まさに食べたい100点満点のやつが出てきた。

おにぎりにはうるさいというヨモギー氏だが、「ここのは有名なおにぎり専門店にも負けないと思います」とのこと。お米の粒がしっかり立っていて、噛むと口の中ではらりとほどける。たしかに、最高に美味いおにぎりだった。

こちらも酔い覚ましにオススメという、具沢山の「すいとん」。

おにぎり以外に一品料理も豊富だし、ごはんと味噌汁をつけて定食にすることもできる。近所にこんな店があったら重宝するだろうなー。

ご夫婦との穏やかな会話も心地よく、時間を忘れる。もうお腹は十分すぎるほどに満たされているのに、なかなか腰を上げることができなかった。

「はつね」を出ると、ヨモギー氏の背中はそのまま夜の街へと吸い込まれていった。聞けば、これから「サウナーたちが集うバー」に行くという。
「場所ですか? ヒミツです(笑)」
いやはや、鶯谷には、まだまだ僕が知らない魅力が隠れているようだ。のぞいてみたいが、深入りしたら引き返せなくなりそうで、少し怖い気もする。
サウナ、酒、美食、夜の街……この街にはおじさんが好きなものがそろい過ぎている。僕がこの街に住んだらきっと、それらにどっぷりハマって足を洗えなくなるだろう。それはそれで、最高に幸せかもしれないが。
ヨモギー氏の背中を見送りつつ、そんなことを思った。
文・写真=榎並紀行(やじろべえ)
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