知らない街で「一日外出ごっこ」をしてみたら、「十条」に住みたい気持ちがとまらなくなった
『1日外出録ハンチョウ』(週刊ヤングマガジン)という漫画が好きで、欠かさず愛読している。地下の強制労働施設(通称「地下」)で働く多重債務者の男「大槻班長」が、たまの気分転換として「一日外出券」を行使し、知らない街で束の間のシャバを満喫する物語だ。一度に与えられる外出タイムはきっちり24時間。わずかな時間だからこそ、大槻(以下、班長)は一食たりともおざなりにせず、嗅覚を研ぎ澄ませて店を吟味し、真摯にメニューと向き合う。結果、高確率で当たりの店を引き当て、美食にありつくのである。
借金のカタに地下落ちするのは勘弁だが、この「知らない街で一日外出」というのは、じつに楽しそうな遊びだと思う。班長のように一期一会の態度で街と向き合えば、普段なら見過ごしてしまいそうな魅力や楽しさにも気づけるかもしれない。
そこで、班長にならい「知らない街で一日外出ごっこ」をやってみることにした。

というわけで、地下でペリカ(※)をコツコツ貯め、一日外出券を購入した筆者。『ハンチョウ』同様、知らない街の公園のベンチで「解放」されるところから外出ごっこをスタートする。
※ペリカ…「1日外出録ハンチョウ」にて登場する、「地下」で流通する通貨。レートは1円=10ペリカで、50万ペリカで「1日外出券」を購入できる。

ちなみに、ここまではアイマスクと耳栓で情報を遮断し、運転手さんに「30分くらい走って、適当なところで降ろしてください」と告げてやってきた。自作自演にはなってしまうが、晴れて「知らない街」に降り立つことができた。

富士山? 東京都心から30分しか走ってないのに富士山とはどういうことか。
いつの間にか時空を超えてしまったのだろうか。
だが、よく見るとその横に「十條(十条)冨士塚」の文字がある。なるほど、富士塚だったか。十条冨士塚は、江戸時代に富士山に行けなかった庶民たちが築いたもの。ここを富士山に見立てて参拝していたという。とどのつまり、「富士山ごっこ」である。江戸時代の人も、存外筆者と似たようなことをやっていたのかもしれない。

ククク・・そうか、十条か。
東京都北区に属する下町である。名前は聞いたことがあるが、詳しくは知らない街だ。
というわけで、今回はそんな十条で「一日外出ごっこ」してみたいと思う。

■知らない街「十条」を歩いてみる
さて、十条とは一体どんな街なのだろうか。
まずはその全体像をつかむべく、ぶらりと歩いてみたところ、とにかく商店街が充実しまくっている街だということが分かった。

こちらは、JR埼京線十条駅前から伸びる「十条銀座」。“東京三大銀座”の一つに数えられる、巨大なアーケード型商店街。なんでも揃う。

一方、こちらはJR京浜東北線東十条駅前から伸びる「東十条商店街」。戦前から駅前に商店が集まり形成された、十条銀座と並ぶエリア最大規模の商店街。なんでも揃う。
他にも、大小さまざまな商店街が連なるように四方八方へと伸び、一大商圏を築いている。十条という街には商店街文化がどっしりと根付いていて、そこに大型商業施設の入り込むスキマはまったくないようだ。
■安い! 安い! 安い! 50年前の貨幣感覚がある街
まずは「十条銀座商店街」を歩いてみることにしよう。

十条銀座の恐るべき点は、その圧倒的な物価の安さである。ご覧いただきたい。

やきとり50円、やさいコロッケ30円にはじまり、

豚の生姜焼き定食500円、アジフライ定食530円、メンチかつ定食にいたっては何と430円である。

マフラー100円。なんなの? やけくそなの?

バルセロナチェアみたいなソファーは5000円。

カット900円。QBハウスを超えた。

国産うなぎの「うな重弁当」は2つで1000円。ありがたすぎる。
この通り、なにもかもが安い。ハンチョウ風に言うと、圧倒的価格破壊、悪魔的リーズナブル、といったところだ。
なんなんだろう、この辺りは今も50年前の貨幣感覚でやっているのだろうか。
ちなみに、家賃も東京23区としてはリーズナブルで、ワンルームの相場は5万6000円だった(CHINTAI調べ、2017年11月30日時点)
※参考 十条駅の家賃相場

安くてうまい惣菜のお店も本当に多くて助かる。
焼き鳥、からあげ、コロッケ、天ぷら、ハンバーグやグラタンなどの洋食おかず・・・400円もあれば、かなり豪華な晩酌やディナーが可能だ。

特に、富士見銀座商店街「鳥富士」の焼き鳥や唐揚げは絶品。その名の通り、鳥を扱わせたら一級品である。

「焼き鳥うまい」。ご覧の通り、黒服もご満悦である。
なお、言い忘れたが今回は本家ハンチョウにならい、一日外出を監視する「黒服」が同行している。黒服は債務者が逃亡しないよう見張る重要な責務を負っているのだが、80円の焼き鳥で簡単に懐柔することができた。ククク・・・
■うまそうすぎる「街中華」の宝庫
商店街には飲食店も充実しているのだが、特に多いのが「街中華」と呼ばれるような大衆的な中華食堂だ。もう外観からしてうまさがにじみ出ているような、大槻班長いうところの「オーラを感じる」食堂が至る所に見受けられるのである。

たとえば、ここなんか絶対に間違いないだろう。

「ヤキ肉」とカタカナで書かれているのもいいし、「仙人ラーメン」というのも異常に気になる。

「カレーラーメン」とやらも、たいへんにそそられる。ここ、今晩のディナー候補としてキープしておこう。
また、こうした街中華以外にも、魅力的な店が本当に多い。そろそろランチにしたいが、一食に絞り切るのが難しい。

たとえば、ここ。ぱっと見は「正統派洋食喫茶」といった佇まいだが、

本日のおすすめとして推されているのはハンバーグやナポリタンではなく、「鰤・大根・豆腐の煮物定食」。見た目に反し、ザ・和である。洋食のシェフ(かどうかは不明だが)が作る煮物ってどんなんだろう? とても興味深いギャップである。

ちなみに、大槻班長は「看板の書体に凝っているか否か」を美味い店を見分ける判定基準にしていたが、十条には班長のお眼鏡に叶いそうな、看板にこだわったお店も多かった。
■昭和で時が止まったような東十条駅周辺
店を決めきれぬまま、東十条駅まで歩いてきてしまった。ここいらには古い街並みが残り、特に北口駅前には何とも味わい深い昭和感が漂っていた。

トタン屋根の駅舎を出ると

築年数不明の商業ビル「ソシアルシティー中十条」がある。

いつからあるんだろう、この案内板。階段の手すりのモダンなデザインも、時代を感じさせる。

一方、南口駅前には「オーラ」漂いまくりの立喰そばが。

この特製「印度カレー」の字面から醸し出される悪魔的なシズル感(※)よ。ここ、絶対に間違いないだろう。よし、入ろう!
※シズル感…ここでは広く「食欲を刺激する表現」の意として使用

印度カレーと、コロッケそばも食べたかったので両方オーダー。37歳の胃にはボリューム過多だが、「欲望の発散は、小出しは禁物」と班長も言っていた。今日は欲望にまかせ、食いたいものを好きなだけ、たらふく食いたい。

蕎麦は自家製。やや太めで荒っぽく切られていて、つゆによく絡む。うまい。

印度カレー。銀の皿がいい! スパイシーでコクがあり、専門店顔負けのハイレベルなカレーだった。
セットで出てくる味噌汁もうまい。きっちりダシをとった、ちゃんとした味噌汁。具の油あげはふっくらしていて、たっぷりと汁を吸う。おかずになる味噌汁である。

黒服にも食べさせてあげたら、丼に顔をうずめんばかりの勢いで蕎麦を頬張っていた。かわいいな、こいつ。
ともあれ、この店は当たりだ。大正解。
■演歌の聖地、地元パン、昭和な純喫茶&銭湯・・・
さて、散策を再開しよう。今度は東十条駅前から伸びる「東十条商店街」を歩く。

こちらは、演歌専門のレコードショップ「ダン」。この日は店頭キャンペーンで人気演歌歌手が来店しており、ファンのおじさんたちが集っていた。あとで調べたら、演歌歌手の聖地みたいなお店らしく、ここでデビューキャンペーンをやるのは新人にとってかなり誉れなことであるようだ。
こういう、おじさんの健全な娯楽がある街ってなんかいいな。

これまた、なんとも味のあるパン屋を見つけた。
飾り気のない陳列棚に整然と並べられたパン。ここのパン、何がスゴイって、潔いほどに超シンプルなのである。

ホットドッグ(ポークフランク)には野菜はおろか、ケチャップやマーガリンすら塗られていない。コッペパンの切れ目に極太の一本が横たわるのみである。ハンバーガーも同様に、バンズとハンバーグのみという豪胆さ。
それでも、ソーセージやハンバーグの味がしっかりしているので、満足度は高い。具がぎっしりのサンドウィッチもうまかった。

しかも、じつは全国コンクールで最優秀賞を受賞するほどの名店だったりするので油断できない。

他にも、数メートルおきに「雰囲気」のあるお店が見つかる見つかる。

パセリの盛り付けにクセがある餃子専門店。

ぜひとも常連になりたい昭和喫茶。「生ジュース」って、なんとも惹かれる響きだなあ・・・。

そうこうしているうちに陽が落ちてきた。晩飯の前にひとっ風呂浴びようということで、地元民御用達の銭湯「地蔵湯」へ。
ちなみに、なぜ地蔵なのかというと、

お店の前にお地蔵さんが祀られているから。有名な巣鴨とげぬき地蔵の分尊ということで、道行く人々がしきりに手を合わせていた。

なお、東京の銭湯は熱めの温度になっていることが多いが、地蔵湯はお湯もサウナもぬるめで身体に負担のかからない設定。ゆったり、じんわり温まることができる。
■暖簾まで美味そうな大衆食堂の、絶品チャーハン
さあ、銭湯で見も心もサッパリととのったところで、いよいよ晩飯である。
食うぞ! 飲むぞ!
半日の街歩きで吟味に吟味を重ね、選び抜いた2軒を巡ろうと思う。

まずはこちら、十条駅前の大衆食堂「天将」だ。この外観、たまらんでしょ。暖簾を舐めても美味いんじゃないかってくらい、「おいしそう感」があふれまくっている。

そそるメニューサンプル。

そそる内観。

そして、そそる料理。
ハムは昔ながらの「赤いハム」。厚く切ってあるのが嬉しい。

噛むほどに肉汁ならぬ「ナス汁」がじゅわっと染み出す焼きナス。絶妙な焼き加減。甘い味噌ダレも素晴らしい。

実家っぽいチャーハン。具を細長く切ってあるのが、ちょっと珍しい。
無造作に散らされたかまぼこが、ごちそう感を演出している。
もちろん、このままでも十分にうまいのだが、

目玉焼きを追加注文し、

チャーハンにオン。とろっとろの黄味をまとわせて食べると、まさに「美味さ倍付け!」である。
「天将」は安いサイドメニューが豊富に揃っているので、オリジナルの食べ方を模索したくなるのだ。
■中華食堂の激ウマ「にぎり」
続いて2軒目。東十条駅北口から徒歩2分の「東京マリオンラーメン」である。

こちら、ランチ営業なし、夕方6時から開店という、ややトリッキーな形態のラーメン屋。その営業スタイルも独特ながら、

ラーメン屋なのに「にぎり」とは、これいかに? ともあれ、入ってみよう。

にぎりも気になるが、まずはこちらも名物の「チャーシュージャーキー」をオーダー。噛みしめるほどに旨味が染み出す濃厚な味付けで、レモンサワーにものすごく合う。

他にも、味付けネギ(右)、どっさりのメンマ(奥)など、絶妙に酒が進むつまみが充実している。日本酒も豊富に取り揃えていて、なるほどラーメン屋といいつつ、中華居酒屋の性格が強いお店なのだな。

もちろん、ラーメンもうまい。まじめな正統派しょうゆラーメン。

そして、こちらが「にぎり」。そうか、チャーシューのにぎりってことなのね。やわらかくジューシーなチャーシュー、シャリにもほんのり味がついていて、間に挟まれたネギがアクセントになっている。シンプルだけど、満足度高いなー。

そのあまりの美味さに、黒服が・・・笑った!
監視役としての職務を忘れさせてしまうほど、ここのめしは美味い。そして、酒が進む進む。
大衆食堂からの中華居酒屋という流れも良かった。十条といえば下町グルメ。その醍醐味を存分に満喫できる最高のプランだったと自負している。
いやー、それにしても十条って楽しいなあ!
■まとめ
というわけで、「一日外出ごっこ」の体で知らない街を巡ってみたところ、十条という街が大好きになってしまった。やはり、タイムリミットがあると、その街をより楽しまんとする真剣みや切実さ、意気込みがまるで違ってくる。
この遊び、ぜひ皆さんもやってみてほしいし、転勤や進学など、新生活で「知らない街」に引っ越す人にもおすすめである。きっと、街のポジティブな面を数多く発見できると思う。
by榎並紀行(やじろべえ)
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