【弁護士監修】賃貸物件における経年劣化とは?通常損耗との違い、修繕費の負担を解説

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フロアの汚れ、剥がれ

部屋の壁紙や床、エアコンや給湯器などの設備は時間経過によって自然と劣化し、品質が低下する。こうした「経年劣化」や「通常損耗」は、退去時にトラブルになりがちだ。きちんとした知識がないと、本来払う必要のなかった修繕費やクリーニング費用を負担することになりかねない。

今回は弁護士監修のもと、経年劣化について解説。経年劣化に当てはまるケースとそうでないケースや、経年劣化かどうか見極めるポイントなども紹介する。退去時のトラブルを防ぐためにも要チェックだ。

監修:坂東総合法律事務所 坂東雄大先生

平成7年麻布高校卒、平成13年東京大学法学部卒、平成16年弁護士登録(東京弁護士会 57期)、在京法律事務所勤務を経て平成23年坂東総合法律事務所入所、現在に至る。不動産明渡事案などを多数担当。

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そもそも経年劣化とは、どんな状態を指すか

経年劣化とは、時間の経過によって生じる自然な品質低下・劣化のこと。例えば日焼けや、設備の寿命による故障なども経年劣化に該当する。

注意したいのは、故意(わざと)や過失(うっかり)による壁や床の傷、掃除を怠ったことで発生した汚れは、経年劣化とは言わないこと。ペットによる傷や汚れ、ニオイなども経年劣化とはみなされないので留意しておこう。

経年劣化と「通常損耗(つうじょうそんもう)」の違いは?

経年劣化と混同しやすいのが「通常損耗」だ。

通常損耗とは、生活を送る中でやむを得ず生じた物件の損傷や汚れのこと。例えば、生活をしている中でつけてしまった床や壁などの小さな傷などが該当する。故意や過失の損傷や汚れである「特別損耗」とは区別されるのもポイントだ。

いずれにせよ経年劣化とは意味が異なる。以下に違いをまとめたので、きちんと覚えておきたい。

傷の種類傷・汚れの原因入居者の修繕費の支払い
経年劣化時間経過による自然な劣化なし
通常損耗通常使用における傷や汚れなし
特別損耗故意・過失などによる傷や汚れあり

経年劣化の原状回復費用は大家さん持ち

賃貸住宅の価値(建物価値)
国土交通省の資料を基に編集部が作成

経年劣化・通常損耗の修繕やクリーニングにかかる費用(原状回復費用)は、大家さんの負担となる。その費用は家賃に含まれており、入居者はすでに支払い済みと考えられるからだ。

また、入居者が負担する必要がないことは、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」や、2020年4月1日に施行された改正民法でも明確に規定されている。

原状回復とは
賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること。

出典:原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)|国土交通省住宅局

第621条(賃借人の原状回復義務)
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

出典:民法|e-Gov 法令検索

このように、入居者が修繕費を支払わなければならないのは、損傷や汚れなどの責任が入居者にあるケースに限定される。

「善管注意義務」に違反している場合も、修繕費を支払わなければなりません。善管注意義務とは、簡潔に言うと、借り手に課せられる常識の範囲内での注意義務。管理や手入れを怠って設備を故障させたり、汚れが拡大したりすると、その修繕費やクリーニング費用を支払う必要があります。

入居年数によって、修繕費の負担割合が軽減されることも

賃貸物件には「減価償却」の考え方が取り入れられているため、入居年数が長いほど退去時の原状回復費用の負担割合が軽減される。設備の「耐用年数(=利用に耐える年数)」は個別に設定されており、それに合わせて傷・汚れの程度が考慮されるのだ。
例えば、住居用の壁紙やカーペットの耐用年数は6年で、流し台は5年。6年以上入居していたなら、原則として残存価値が1円とみなされる。そのため、経年劣化・通常損耗の範囲を多少超える程度なら、大目に見てくれるケースがある。

ただ、設備の耐用年数を超えていても、故意・過失で傷つけたり壊したりした場合には、原状回復費用を払う必要がある。残存価値がほぼなくても賃貸物件の設備としては使用できるため、元の状態に戻されなければならない。

なお、原状回復費用の支払いには、入居時に預けている「敷金」が充てられることも覚えておこう。修繕費やクリーニング費用が敷金の額を上回るなら差額を請求され、下回るなら差額分が返金される。

長年住んでいるにも関わらず、高額な原状回復費用の支払いを求められた場合、精算書を確認のうえ大家さんに一度問合せてみてください。大家さんと入居者は、対等の立場にあります。請求額が不当だと感じたなら、国土交通省の「原状回復をめぐるガイドライン」を例に取り、遠慮なく伝えましょう。

弁護士が解説!経年劣化に当てはまる例と当てはまらない例

壁に空いた穴

経年劣化に当てはまるかは、傷や汚れが自然に生じたものかどうかが基準。入居者がきちんと掃除や手入れをしていたり、故意・過失がないとみなされたりする場合は、経年劣化に該当する。しかし、その判断は人によって異なる。だからこそ、きちんと経年劣化にあたる事例と、そうでない事例を把握しておくことが肝心だ。

経年劣化に当てはまる(大家さんが原状回復費用を負担する)例

経年劣化としてカウントされやすい主な例は次のとおりだ。

  • テレビや冷蔵庫、照明器具などの電気ヤケ(黒ずみ)
  • 日焼けによる天井、壁、床の変色
  • 下地ボードが傷ついていない場合の画鋲による壁の穴
  • 通常に家具を置いたことによる床のへこみ、設置跡
  • 入居者の故意や過失以外で壊れた設備
  • 機器の寿命による設備の故障
  • エアコンの清掃費用
  • 清掃を行っても発生する浴室やトイレの黄ばみ
  • 自然発生した網入りガラスの亀裂(熱割れ)

注意したいのは設備の故障だ。通常に使用したうえでの故障は経年劣化とみなされる場合が多い。しかし、故障に気づいた後も放置し、二次的な損傷を招くと、善管注意義務違反で入居者の負担となる。故障や不具合に気づいたら、すぐに管理会社や大家さんに連絡しよう。

なお、入居者負担だと勘違いしやすい費用としては、次の入居者のために行う鍵の交換費用も挙げられる。特約で入居者負担だと定められていたり、入居者が紛失・破損したりしていないなら、大家さん負担となるのが原則だ。

経年劣化に当てはまらない(入居者が原状回復費用を負担する)例

経年劣化としてカウントされない主な例は以下の通りだ。

  • 引越し作業で生じた傷
  • 落書き
  • 取付用の金具がない天井に、貸主に確認せず入居者が取り付けた照明器具の跡
  • タバコのヤニによる天井や壁、床の変色、ニオイ
  • ペットの飼育による傷や汚れ、ニオイ
  • 下地ボードが傷ついた場合の画鋲、釘、ネジによる壁の穴
  • 鋭利なものや重すぎるものを置いたことによる床の傷
  • 設備の故障に気づきながら放置した結果、生じた二次的な損傷・汚損
  • 掃除を疎かにして発生した汚れやカビやシミ

気をつけたいのはペットの飼育。ペット可物件でも部屋はキレイに使うのが前提となる。傷や汚れはもちろん、退去の立会時にニオイが残っていると原状回復費用を請求されることがあるので要注意だ。

また、傷や汚れは、通常の使用範囲内なら通常損耗となる。ただし、程度が悪い場合や、明らかな不注意による損傷、放置して取れなくなった汚れなどは特別損耗として扱われることも。入居者が負担するケースがあるので気をつけよう。

契約書に「特約」がある場合はその内容に基づく

前述した経年劣化にあてはまらないケースでも、賃貸借契約書に「特約」として記載されていると、支払い義務が生じる。

その代表的な例がハウスクリーニング代。原則的には通常使用の範囲なら大家さんが負担すべき費用だ。しかし、特約に記されているなら契約が優先され、入居者がハウスクリーニング代を支払わなければならない。

賃貸借契約では、契約時の重要事項説明が義務付けられており、特約を見逃していた場合でも「内容を理解して合意している」とみなされる。退去時のトラブルを避けるためにも、契約前に特約の内容を確認しておくことが大切だ。

ハウスクリーニング代が相場からかけ離れているなど、特約の内容が明らかにおかしい場合は、無効を主張することが考えられます。金額の目安は「家賃の半額以下」です。特約に不審な点があるなら、管理会社や大家さんに確認してみましょう。それでも「おかしい」と感じるなら、消費者センターに相談してください。

どこまでが経年劣化?修繕費の支払いが発生するか見極めるポイント

壁のクロスのひび割れ

繰り返しになるが、修繕費の支払いが発生するかは、経年劣化・通常損耗と特別損耗のどちらと判断されるかで異なる。しかし、経年劣化かどうかは、傷や汚れが発生した経緯によるのでケースバイケースだ。

そこで、経年劣化かどうかを見極めるポイントを場所ごとに解説。こちらを参考に、部屋の傷や汚れをチェックしてみると良いだろう。

※以下、国土交通省『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)』を参照。耐用年数・経過年数に基づく負担額算定の事例や記載をもとに編集

ポイント①フローリング・畳

畳で経年劣化として扱われやすいのは、日焼け一般的な家具や家電による畳・フローリングのへこみ(設置跡)も、経年劣化または通常損耗とみなされることが多い。

一方で、食べ物や飲み物をこぼした際に生じたシミや汚れ、家具を引きずったことによる傷は特別損耗と判断される。引越しの際に生じた傷も、原状回復費用を求められるだろう。

また、ペットによる汚れや傷なども特別損耗となる可能性が高い。一方で、小さな子どもによる小傷程度は考慮され、通常損耗と扱われるケースも。

負担額は材質だけでなく、張り替えの範囲でも変わる。一部ならそこまで費用がかからないだろうが、一面の張り替えとなると高額となりやすい。

壁紙の日焼けや家電の配置による変色は、経年劣化とされる傾向にある。画鋲の使用も小さな穴が開く程度なら「通常の使用の範囲」に含まれ、壁紙の下地ボードを張り替える必要がなければ、通常損耗と扱われることがほとんどだ。

一方で、掃除をしなかったことで生じた汚損・カビや、タバコのヤニによる汚れやニオイは経年劣化とはみなされない。同じく、下地ボードの交換を伴う画鋲の穴や、釘・ネジによる傷、その他日常では起こり得ない傷や汚れも、特別損耗として扱われる。

負担額はフローリングと同様、貼り替える面積によって異なる点もえておこう。

壁紙や床の傷や汚れは当然、その程度によって判断が異なります。汚損が酷ければ特別損耗とみなされますが、キッチンの壁紙などは汚れやすいので、考慮されることも。入居年数も加味して判断されるため、汚れていても経年劣化と判断されることも少なくありません。

ポイント③バス・トイレなどの水回り

バス・トイレなどの水回りでは、浴室のパッキンの破損、浴槽や壁紙の黄ばみは経年劣化となる場合が多い。日常的に掃除をしている中で生じた軽度の汚れは、経年劣化に該当する。

しかし、重度の水垢やカビは掃除を怠ったとみなされ、特別損耗と扱われることが大半。入居者の過失によるトイレや浴槽、洗面台の傷や故障なども原状回復費用の負担対象だ。

経年劣化の基礎知識を押さえておけば、退去時の予期せぬ出費を避けられる

経年劣化とは、時間経過によって自然に生じた傷や汚れのこと。経年劣化の範囲や見極めるポイントを正しく把握しておけば、退去時のトラブル防止や、不当な修繕費の支払い回避に役立つだろう。

また、原状回復費用を最低限に抑えるには、部屋や設備を掃除・手入れすることや、故障・不具合を発見したらすぐに管理会社や大家さんに連絡することも重要。加えて、入居時には部屋の気になる箇所を写真などで記録しておくと安心だ。

監修、取材協力=坂東雄大(坂東総合法律事務所)
文=綱島剛(DOCUMENT)

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